2003年、田の草総括

記録:平成15年11月 6日
掲載:平成16年 1月 5日
 冬期湛水水田に集まる人間 高奥 

 11月6日、午後から仕事を休んだ。この日、菅原さん、秡川先生と一緒に盛岡の農業試験場を訪れることにしていた。この試験場には雑草に詳しい伊藤先生がいる。伊藤先生から草の話し教えてもらうのが、盛岡に行った理由である。
 始めて菅原さんの田んぼを訪れたのは今年の5月である。始めはひたすら田んぼを眺めていた。しばらくしてから、田んぼの草のことが気になった。菅原さんの田んぼは無農薬であったので、いろいろな草が生えてきた。本当に稲が収穫できるのか、人ごとながら心配になった。
 6月に入ると5月に勢いのあったピッピと言う雑草が枯れてきた。これは私にとって驚きであった。無農薬の田んぼで稲は順調に生長していたが、それにもかかわらず雑草が枯れていったのである。そのころから草について興味を持ち始めた。
 8月に菅原さんの3枚の田んぼで草の繁殖状況を調査してみた。草の種類、繁殖の程度、同じ田んぼの中にもそれぞれ異なった傾向があった。この調査結果から、冬期湛水水田の草の繁殖傾向に、なんらかの法則性があるように感じ始めていた。ただし、自分の頭の中では、そのモヤモヤした考えを整理できずにいた。もっと草のことを知らねばならない。そのことだけが、はっきりと頭の中にあった。
 伊藤先生は気さくな方であった。おそらく多忙であるだろうこの時期に、笑顔で私達を迎えてくれた。

[冬期湛水水田の伏兵、イボクサ]
 始めにイボクサについて質問した。今年の冬期湛水水田で稲作に最も支障を与えたのが、この草である。イボクサはコンバインの刃先にひっかかり、稲刈り作業に支障を与えた。また、落水後、急激に成長したらしく、菅原水田では唯一、稲を負かした草である。
 私が持っている雑草の解説書によるとイボクサは陸生雑草であり、種子の発芽に酸素が必要とある。しかしながら菅原水田のように冬期から継続して湛水している水田にあっても、イボクサは少なからず発生してきた。冬期間からの湛水であれば、水田の地表に眠っているイボクサの種子に酸素は供給されないはずである。確かにイボクサが繁殖していたのは、田面でも水深の浅い部分であった。そういった部分は水が行き届きにくく、結果としてイボクサを発芽させる原因になったと考えられる。しかし、水深が深い部分にもイボクサは生えていた。これは一つの謎であった。
 伊藤先生は、イボクサについて解説してれた。やはりイボクサの発芽には酸素が必要である。イボクサの抑制に効果的なのは、代掻きで種子を田面下に沈降させることである。
 イボクサが最も問題になるのは湛水直播きで、これは水田表面が水面に現れるか現れないかのヒタヒタ状態で湛水し、直播きするためである。ヒタヒタ状態はイボクサにとっても発芽しやすい条件となる。
 また漏水のある水田にもイボクサは発生しやすくなると言う。これは漏水個所から水田に酸素が供給されるためである。


 なるほどと思った。私が疑問を抱いていた水深の深い部分に生えるイボクサは、これが原因で発芽していたのかもしれない。

[有機水田の大敵、コナギ]
 日本には2000種以上の雑草があるが、湛水状態で生育できる雑草はわずか100種しかない。そのため水田のように湛水状態で作物を育てる方法は、雑草対策に関して理にかなった方法である。しかし、湛水状態を好んで発芽してくる雑草もある。このような雑草は水生雑草と呼ばれる。
 コナギ、オモダカ、ホタルイ、クログワイこれらが代表的水性雑草である。
 今度はコナギについて聞いてみた。無農薬水稲をする場合、最も問題となるのがコナギである。種子生産量が多く、優先化しやすい。そして種子の発芽に酸素を必要とせず、湛水状態で発芽してくる。窒素吸収量が多く、稲と競合しやすい。コナギは無農薬水田の大敵であるが、今年の菅原水田では、あまり発生しなかった。これは冬期水田よるトロトロ層の効果が関係しているためと考えられる。
 伊藤先生によると、コナギの種子は比重が1以上あり、水に浮かず水田表面に沈んでいるという。しかし、発芽すると比重は1より小さくなり、水に浮きやすい状態となる。これはコナギに限らず、たいていの草も同じだということだ。この発芽による比重の変化は抑草対策のヒントになる。
 発芽したばかりのコナギの芽は根っこの部分が未発達で、産毛のような根があるだけだ。そのため発芽した芽は流動化し易いトロトロの土には活着できず、水に浮いてしまう。結果コナギが繁殖できない。

 いままで、トロトロ層による抑制効果は、発芽した種子がイトミミズの形成するトロトロの土に埋もれてしまうためと考えていた。しかし、これに加えて芽の活着抑制効果もコナギ抑制に大きな効果を発揮していると考えられる。

[株から増えるホタルイ]
 今度はホタルイについて聞いてみた。ホタルイは、菅原水田を最も賑わせた草である。ただし、8月始めより枯れ始め、最終的に稲作に影響を与えることはほとんどなかった。
 7月初旬、ホタルイが最も勢いを逞しくしていころ、菅原さんと秡川先生は、伊藤先生を訪問している。この時、伊藤先生はホタルイはいずれ枯れるとアドバイスしてくれた。それを聞いた私は「そんなうまくいくんだろうか?」と思っていたが、9月までにホタルイは見事に枯れ尽くしてしまった。私が「伊藤先生に会いたい」そう思ったきっかけである。
 で、今回、伊藤先生に会い、ホタルイについて特筆すべき重要な特性を教えてもらった。それはホタルイの増殖特性である。
 ホタルイは種子をつけるため、種子により繁殖する草との認識があった。もっとも根茎からも増殖することも知ってはいたが、どの程度のものかは判断がつかなかった。
 伊藤先生によると、ホルタイは種子からも、株からも増殖するとのことだ。注目されるのは株から増殖するほうで、茎だけを刈り取ることで、根っこのほうに余計に養分が蓄積されてしまい、刈り取る前よりさらに逞しいホタルイが成長してくるとのことである。ホタルイは多年性の草でもあり、前年に刈り取られた株からは大きいホタルイが成長してくる。種子から発芽するホタルイは小さくしか成長しないとのことだ。
 これを聞いて、あることを思い出した。8月に菅原さんの田んぼの草の調査を行ったとき、通常のホタルイに比べずいぶん小さなホタルイを何回か見かけた。これはもしかしたら種子で発芽したホタルイだったのかもしれない。ほとんどのホタルイは、これに比べて2倍以上大柄であった気がする。ということは、菅原さんの田んぼに生えていたホタルイの大部分は株から生えてきた可能性がある。ホタルイは発芽に酸素を必要としないし、株から生えるホタルイはコナギのように、水に浮かせることで得られる抑草効果も期待できない。そのため、冬期湛水水田においては、やはり無視することのできない草である。ただし、種子から発芽するホタルイをトロトロ層で抑草し、これ以上ホタルイが増えないようにしながら、ホタルイの株が衰えていくのを待つという方法もある。
 もっとも、ホタルイは病気に罹りやすく、増殖力も大きくないので、それほど稲作に害は与えないようである。

[美味なるクログワイ]
 伊藤先生との、歓談はいよいよ佳境に入る。次は、クログワイの出番である。今年の菅原水田では存在が地味であり、ホタルイの影に隠れていた草である。しかし、冬期湛水水田にとって、最大、最強の課題になりそうなのが、このクログワイである。まずは、クログワイの特徴を今一度おさらいする。
 クログワイは、ホタルイと良く似た姿をしているが、ホルタイとは異なり、種子をつけず、根茎で増殖していく。根茎の寿命は5年〜10年程度あり、地中20cm程度に潜んでいる。そのため、通常の耕起では、掘り返すことができない位置にあり、しかも農薬に対する耐性も強く防除が困難である。クログワイを防除するるためには、プラウによる深耕により根茎を地表にさらし出し、乾燥させる以外に有効な手だては無いようだ。

 クログワイは元々日本にあった在来種であるが、このような逞しい草がよくぞ日本の在来種であったと、妙な部分で感心してしまう。
 が、それでもクログワイは、根茎で増殖する草なため、その増殖スピードは限られている。クログワイが問題になってきたのは、田んぼの基盤整備により、田んぼの一部にしかなかった根茎が水田全面に広がったためである。
 クログワイもホタルイ同様に、特有の病気に罹り、枯れる性質があるが、今年の菅原水田を観察した限りでは、ホタルイよりは病気に罹りにくいようだ。ホタルイが次々と枯れてしまうなか、クログワイは稲刈りまで、青々とした姿をさらしていた。
 このような、頑強なクログワイであるが、もう一つ、興味深い性質を持っている。それは、根茎が食用可能なことだ。中国では、クログワイの親戚の「クワイ」を高級食材に供されている。日本の「クログワイ」も実は食用可能であり、そして結構美味であるとのことである。

[ヒタヒタ水の好きな、ヒエ」
 伊藤先生は、おもむろに菅原さんに語りかけた「菅原さん、ヒエはいかんよ、ヒエは」。先生は、このHPも見ていてくれており、菅原さんの田んぼにヒエが繁殖しているのを知っている。
 ヒエは稲とともに、その性質を発達させてきたと言われている。そのため、稲と良くに似た性質を持っており、稲にとって成長し易い環境は、ヒエにとっても成長し易い環境となる。ヒエが最も発芽しやすくなるのは、地表が水に覆われるか覆われないかのヒタヒタの湛水状態である。ヒエは水中では発芽しないので、その意味では、冬期湛水水田で発芽を抑えることができそうだが、用水の確保が限られている冬期間〜田植えまでの間、完全に水田表面を水没させた状態に保つのはなかなか難しい。今年の菅原水田で、ヒエが繁殖したのは、春先に何度か、水田がヒタヒタ状態になったためと考えられる。
 ヒエは、水中では発芽できないが、乾燥した状態でも発芽し難い。そのため暗渠排水等で地下水位を下げ、田植えまで水田表面を乾燥した状態にしておけば、ヒエは少なくなってくる。伊藤先生によると、条件にもよるが、乾田では3年でヒエは無くなるそうである。いずれにしても、水田の表面をヒタヒタ水にしないようにするのが、ヒエを増殖させないキーポイントのようだ。

[湛水が不十分になる原因]
 
 以上、今年の菅原水田を賑あわせた田の草について、伊藤先生から教えてもらったことと併せて解説してみた。除草剤を使わない稲作の場合、草とどのようにつきあっていくかが、重要な課題となる。
 田んぼには、いろいろな種類の草が生えてくる。それらを除草剤を使って防除するのはたやすい。が、水田にはいろいろな種類の草がある。草はそれぞれの種類で生存空間を競い合っており、それぞれにライバル関係にある。そのため除草剤を使うことで耐薬性の強い草だけが田んぼに残り、勢いを増して増殖するという結果を生むことがある。つまり、草の多様性が少なければ、それだけ田んぼの植物生態系は不安定になるわけだ。
 これが、どのように稲に影響を与えるのかは定かではない。が、草が多様なほうが、稲にとってもいい結果を与えることもあると思う。
 例えば、今年の冷害では、イモチ病が問題になった。水田は、稲しか存在しない究めて不安定な生態系空間であり、そのため、一度稲に病気が発生すれば、その病気が他の稲にも一気に広がっていく。
 今年の菅原水田では、イモチに罹った稲がポツリ、ポツリと確認できたが、それが他の稲に広がっていく現象は見られなかった。これは栽植密度を粗殖にしたことによる効果が大であろうが、田の草も少なからずなんらかの役割を果たしているのではないかと私には思える。
 例えば、葦は地中からガスを吸い取る機能を持っている。これと同じ機能をクログワイやホタルイも持っているかもしれない。地中に貯まったガスは、稲の根を弱らせ、これが原因で稲が病気に罹りやすくなる。
 また、草の種類が多ければ、田に棲む虫の種類も多くなり、害虫だけが増殖することも少なくなるだろう。もっとも草が増えれば、稲の収量も減少する。
 生育過程における稲と草との最大の違いは、稲が移植により田んぼに登場するのに対し、草は地中の種子から登場してくることにある。そのため、慣行栽培ではできるだけ草に生育上のハンディーを負わせるように稲刈り後に耕起し、冬に田んぼを乾かし、春に水田を代掻きする。このようにして水田の環境を激変させ、草が発芽しない条件を作りだす。そして代掻き直後に移植した稲の苗を植え、稲が田んぼの主役になれるように演出する。
 冬期湛水水田は水田を冠水させた状態を維持することで、草の発芽を抑える。しかしこの方法では、田植え前、田植え後とも水田の環境に変化がないので、一部の草は繁殖しやすい状態となる。そのため除草剤を使わない限り、田んぼから完全に草を排除するのは困難となる。
 冬期湛水水田での稲作で大切なことは、草を排除することを考えるよりも、草の存在を認め、そしてどのように草とつきあっていくかを考えることであろう。如何にして稲の収量減を抑え、そして草の良い性質を引き出すかを考えるかが、冬期湛水水田の重要課題となるのではないだろうか?

 

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