出穂前の稲を抜きに行く

記録:平成16年 7月 4日
掲載:平成16年 7月27日
志波姫町農家 菅原 
 
 平成16年になり、冬期湛水水田に取り組む農家の方々が増えてきた。これも昨年の冷害で冬期湛水水田が一躍注目されたことが大きい。もちろん、岩渕先生始め、冬期湛水水田の普及活動にご尽力いただいた方々、田んぼの稲やホタルイ君の活躍があってのこ
とであろう。
 俺としては冬期湛水水田に取り組む農家が限られたほうが、それだけ冬期湛水米の価格が高騰し、我が農家経営のさらなる発展を望むことができると考えたりもする。しかし、なんといっても環境に良い冬期湛水水田である。ここは、冬期湛水米で一儲け、などとのセコイ考えは捨てて、「地域」環境のため、そして「地球」環境のために冬期湛水水田普及活動に尽力したい!・・・つーのは、やぱり大ホラで、さすがに俺もそこまで人間がでかくない。
 ゆえに、「自然」に優しい、というより「自分」に優しい冬期湛水水田を確立するのが、とりあえずの課題である。が、それでも冬期湛水水田に取り組む農家が増えることは俺にとっても都合が良い。なぜなら、いろいろな農法で冬期湛水水田に取り組む農家が増えれば、そういった方々から、いろいろな方法の冬期湛水水田を学ぶ事ができるからだ。
 というわけで、宮城県各地で取り組んでいる冬
稲抜きツアー参加者記念写真(飯島にて)
期湛水水田農家の方々、それに環境活動に取り組む方々と一緒に、それぞれの田んぼを見学する「稲抜きツアー」を企画することにした。
 稲抜きツアーを実施したのは、7月4日の曇り空の日である。以下、ツアーの内容を報告する。

<8:00 志波姫町間海 菅原水田>
 菅原水田では田んぼ7筆で冬期湛水水田を実施しているが、今回ツアーで見学したのは「クログワイ水田」。文字どおり、クログワイの多い水田で、不耕起歴も11年と長い。昨年は米糠を施肥したが、今年は無施肥で栽培している。無施肥であっても、他の慣行水田に遜色のない稲が育っているが、これはイトミミズが作るトロトロ層による施肥効果の実証と言えるであろう。この水田はトロトロ層も厚く、水も良く濁っている。この濁りが、施肥効果を生んでいると考えている。
 雑草について言えば、前記のとおりクログワイが多いが、ついでに今年はコナギもたくさん発芽してきた。コナギがたくさん発芽したのは、水深の浅い部分であるので、雑草の抑制には、トロトロ層だけでなく水深の確保も重要であると実感させられる。

<9:00 築館町照越 白鳥水田>
 白鳥水田は、今回ツアーを実施した水田で最も冬期湛水水田継続歴が長い、というより、俺の知っている範囲でも最も長いのが白鳥水田で、10年以上冬期湛水を継続している。通常、冬期湛水歴が長いとクログワイが繁殖すると言われるが、実際に白鳥水田もクログワイが
白鳥水田クログワイ、黄色部分はクログ
ワイ特有の病原菌で枯れつつあるところ。
旺盛で、俺の「クログワイ水田」より多い。ただし、クログワイが稲作にそれほど支障を与えないことは、俺と白鳥さんの統一見解でもある。
 白鳥さんは、水稲技術全般に造詣が深く、苗箱の洗い方一つとってもこだわりがある。今年は春の気温が高すぎたので、俺を始めとして苗作りに失敗した方々も多かったが、白鳥さんは今年も立派な苗を作った。さすが白鳥農法であるが、俺としては白鳥農法を参考にしつつも、菅原流「無頼農法」を確立していきたい。

<9:30 築館町八沢 三塚水田>
 三塚水田は冬期湛水1年目である。昨年、三塚さんは俺の無頼農法にいろいろアドバイスしてきた。そして、そのアドバイスがだんだん勢いを増し、ああしろ、こうしろとうるさくなってきたので「三塚さんも冬期湛水したらいいじゃねーか。」そう言ったら「あんだの冬期湛水がうまくいったら、俺もやる。」と返してきた。ずいぶ
三塚水田の苗、水の濁りが濃い。
ん都合のいい理屈だなと妙な部分で感心したが、二月頃にこっそり三塚さんの田んぼを見に行ったら、しっかり冬期湛水しているので、あまり文句も言えない。
 三塚水田は、昨年末から冬期湛水し、コメヌカ、クズダイズと入念に施肥し、徹底した深水管理を継続している。その徹底さが幸いし、今回のツアーでは、最も雑草の少なかった。このため、これで三塚さんが自信をつけ、俺に対するアドバイスが増えそうなので危機感を感じている。
 もっとも、三塚水田では白鳥さんが育てた苗を用いているし、俺が自分の田植え機を持ってきて田植えしているので、これで少しは三塚さんからのアドバイスも少なくなるだろうと願っている。

<10:00 迫町飯島 佐々木水田>

 長辺180m、伊豆沼のほとりに基盤整備で区画整理された巨大な水田が出現した。この巨大な水田で今年から冬期湛水水田に取り組んでいるのが、飯島生産組合の方々である。この飯島生産組合の方々はノリが良く、冬期湛水水田にも積極的である。そしてこの勢いが乗じて「冬・水・田んぼクラブ」との任意団体も構成した。ちなみにこの
佐々木水田の状況、部分的にヒエが繁殖
している。
団体の顧問には白鳥さんと、俺、三塚さんが就任している。顧問などと俺も出世したもんである。
 この「冬・水・田んぼクラブ」は佐々木寛さん、佐々木勝彦さん、高橋吉郎さん、相澤さんの4人で構成され、一緒になって巨大な水田での冬期湛水水田に取り組んでいる。
 この冬期湛水水田では、今までにない農法が試みられている。それは昨年初冬に牛糞厩肥を施肥したことである。佐々木さんは牛も飼っており、厩肥の有効活用のため、この方法を思いついた。厩肥はそのままでは成分が強すぎ、肥料として活用し難い。しかし冬期湛水にさらし発酵させることで、良好な肥料とするのが、佐々木農法の目的である。
 佐々木水田も深水で冬期湛水しているが、同じ深水で冬期湛水一年目の三塚水田より雑草が多いようである。目立つのはヒエで、ハスも散見されるのは伊豆沼周辺の特徴であろう。一般にヒエの発芽には酸素が必要とされ、そのため深水でヒエは発芽しないとされている。しかも佐々木水田は水持ちも良好で、水田下からの酸素供給も限られると想像されるが、それでもヒエが発芽してくるところに、雑草の難しさがある。

<10:30迫町伊豆沼二工区 及川水田>
 飯島の佐々木水田は伊豆沼の西端側にあるが、及川水田は伊豆沼の東側に位置する。及川水田は俺の田んぼと同じく、今年で冬期湛水二年目である。ツアー当日の及川水田の状況を一言で述べれば、コナギの繁殖が真っ先にあげられる。俺の田んぼでも一部コナギが繁殖しているが、それにしても及川水田のコナギは旺盛である。

 及川さんの田んぼはトロトロ層が未発達なようだが、これは田植え前に春草除草の目的で代掻きしたこと、そして7年前と3年前に客土したことが原因しているようだ。客土とは山から切り崩し
た土を田んぼに敷き均すことで、及川水田の場合、田んぼのぬかるみを改善するために、合計15cmほど客土している。
及川水田状況、全面にコナギが繁殖、除草
機を押して3日後。

 客土に用いる山土は有機物をほとんど含まないので、それだけトロトロ層が発達し難い条件にある。もっとも客土をしなれば田んぼのぬかるみは改善されず農作業に支障をきたしたままであったろうし、ぬかるんだ田んぼで冬期湛水すれば、なおのこと劣悪な条件で農作業をしなければならなかったはずである。ちなみに及川水田はトロトロ層が未発達なためか、水は透き通っていた。
 コナギは窒素吸収量が多く、稲の養分が吸われてしまうため、量が多ければ稲の生育に支障をきたす。そのため有機水稲栽培では最も注意しなければならない雑草である。冬期湛水水田に形成されるトロトロ層はコナギの発芽を抑制する効果を持つが、それでもコナギが繁殖した場合、コナギを抑草できる、なんらかの方法も検討しておく必要があるのかもしれない。
 コナギの多い及川水田であるが、生き物達も豊かである。これは水田中央にビオトープが設けられ、これと田んぼを魚道が結んでいるためで、及川水田では小魚やカエルなど、生き物達が豊になっている。

<12:30 河南町広渕 遠藤水田>
 遠藤水田も、菅原水田、及川水田同様に冬期湛水2年目である。ただし遠藤先水田では昨年一筆(7a)だけの冬期湛水水田であったが、今年は5筆(47a)まで冬期湛水水田を拡張している。また栽培方法もボカシで育てた苗、直播き、ポット苗とそれぞれ種類を変え、比較検討できるようにしている。このあたり、さすが学校の先生らしく研究熱心と言えよう。
遠藤ポット苗水田状況、昨年は休耕田だっ
たためか、養分が蓄積され、アオミドロと
サヤミドロが繁殖
 いずれも無施肥での水稲栽培であるが、直播き水田以外は生育情況が好調である。直播きについては、苗の発芽状況が不良であり、冬期湛水水田による直播き栽培の難しさを実感させられた。直播き栽培は種籾を直接田面に播き栽培するため、より自然に近い栽培方法と言える。 しかし、直播きの場合、苗の活着が課題となる。通常の直播では、播種した後に田面を乾かし、発芽が活着し易い状態にするが、冬期湛水水田では田面を湛水状態に保つ。しかも、冬期湛水水田の水田表面には発芽の活着を阻害するトロトロ層が覆っており、それだけ直播きは難しい条件にある。もっともこういった課題は、そうなるだろうと言われているだけで、実際にやってみないとわからないことも多いし、こういったチャレンジがあって始めて技術は進歩するのだと思うのである。
 ちなみに冬期湛水2年目のボカシ苗水田だけは用水を掛け流したままにしているため、水が透き通っていた。これが原因してか、雑草は他の水田より若干多いようである。

<14:00 三本木町新沼 小関水田>
 小関さんは色麻町の浦山さんから紹介された。今年の4月初旬から田んぼに水をかけとのことだ。もともとは合鴨農法をやっていた方で、今年から冬期湛水水田も取り組んでいる。
 冬期湛水は今年の3月から始めたそうだから、今回のツア
アイガモ水田の状況、写真は加美町の渋谷
水田
ーでは最も湛水期間が短い。そして湛水期間が短かかったためか、田んぼの土が堅いままだったので、代掻きを行ったとのことだ。それでもトロトロ層は2cmほどあり、水も良く濁り、雑草も少ない。稲の生育も好調のようである。
 雑草対策にはすばらしい効果を発揮する合鴨農法であるが、いろいろ苦労も多いようだ。一番の問題は、鴨が野犬やキツネにいたずらされることだ。小関水田でも100羽の鴨のうち、90羽がキツネにダメにされたとのことである。キツネは鴨を食べるわけではなく、囓って殺すだけのようだが、これは子キツネが鴨を狩りの練習相手にしているためだと言われている。これの対策のため、合鴨農法では田んぼの周囲に高さ1.5m程度の網柵を張り巡らせるが、それでもキツネは田んぼに進入してくる。野犬やキツネが進入しないようにするには、もっと柵の高さを高く頑丈にする必要があるが、そうすると柵の管理に手間がかかるし、経費も嵩んでくる。このあたりが、合鴨農法の難しさと言えそうだ。

<14:30 色麻町 浦山水田>
 冬期湛水2年目の浦山水田である。俺の見る限り、昨年から始めた冬期湛水水田では遠藤水田に次いで好調だったのが浦山水田である。俺のように農業学校を卒業し、そのまま農家になってしまうと、既存の知識が邪魔して斬新な農法への取り組みをためらってしまうことも度々ある。しかし学校の先生から脱サラして農家になった浦山さんは、このあたりが大胆で、果敢に斬
浦山水田状況、稲の分株が遅れているが、
今後の推移が注目される。
新な農法に取り組んでいる。苗づくりにしても今年は温湯消毒無さえ行っておらず、さすがの俺も「まいった!」の一言をつぶやくしかない。
 ちなみに俺の知っているところでは、不耕起の田んぼで不耕起用田植え機でなく、通常の田植え機で田植えしたのは浦山さんが最初である。これができるのは、冬期湛水することで形成される水田表面のトロトロ層のおかげである。しかし今年の浦山水田では、このトロトロ層が厚くなりすぎ、それが田植えに支障を与えたようだ。またツアー当日の稲の状況も良好とは言えず、奥さんに怒られていたが、昨年の遠藤水田では7月後半からの稲の分株がすごかったので、浦山水田の稲についても、これからの推移が注目されるところである。
 余談であるが、浦山さんによると7月に入ってから、浦山水田付近にホタルが出現してきたとのことだ。昨年まではホタルに気が付くこともなかったとのことだから、田んぼの周囲は除々に自然環境が豊かになっているのかもしれない。俺の田んぼで「ホタル」を見たことはないが、「ホタルイ」ならいっぱいいる。

<15:00 加美町(旧小野田町) 渋谷水田>
 浦山水田を見学していると、軽トラで渋谷さんが現れた。三本木町の小関さん、色麻町の浦山さん、加美町の渋谷さん、みな合鴨つながりである。渋谷さんも今年から冬期湛水水田を始めた一人である。せっかくなので、渋谷さんの田んぼも見学することにした。
 周囲に合鴨農法が散らばる田んぼの中に、渋谷さんの
渋谷水田状況、市販の有機肥料を施肥
冬期湛水水田がある。この水田も昨年までは合鴨農法を行っていた。田んぼの中を歩いてみると、地盤がしっかりしており長靴が泥にとられることがない。これは合鴨農法の特徴と言われ、鴨が水掻きで田面をかき混ぜることで、粒径の均一な層が地中に形成されるためである。
 渋谷さんの田んぼは昨年の11月から湛水しているが、雑草のコナギが目立った。コナギは俺の田んぼや及川さんの田んぼでも目立ったが、いずれも深水を維持できなかった田んぼである。ゆえに、深水さえできれば、コナギは抑草できるのかもしれない。

<17:00 色麻町 ライスフィールド>
 最後に浦山さんの経営するライスフィールドに行
ウミネコ(遠藤水田にて)

ナマズ(小関水田隣接田)

コイ(小関水田隣接田)

上記ナマズとコイは慣行水田
で捕獲。最近は慣行水田でも
減農薬が広まり、生き物が増
えてるようだ。

オイカワ(浦山水田隣接水路)
き、稲抜きツアーの総括を行うことにした。それぞれの水田の比較結果の詳細については、資料編の「稲抜きツアー報告書」を参考にしてもらいたい。
 感想を述べれば、同じ冬期湛水でも、様々な農法を組み合わせた田んぼ、それぞれを観察することで、いろいろな発見があった。しかも、今回のツアーでは、生き物に詳しい富樫さんや、蕪栗ぬまっ子クラブの鈴木さん、本吉響高校の鈴木さんが同行し、簡単な生き物調査を行いながら、ツアーを実施している。この調査でもいろいろな発見がある。
 冬期湛水水田に集まる人達は、それぞれの動機で冬期湛水水田に集まってくる。それぞれ動機が異なるから、様々な視点から冬期湛水水田を観察することができる。この視点が俺にとってもいろいろヒントになるので、「自分に優しい田んぼ」の無頼農法確立ためには人間多様性といった視点も重要なのである。

 
ライスフィールド

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