阿波の忌部 三木 信夫
阿波の国は忌部(いんべ)氏が開拓したといわれています。この阿波忌部氏のルーツは古く,日本書紀神代上第7段宝鏡開始章第三の一書(いっしょ)に,日神のこもる天石窟(あめのいわや)のまえで「・・・下枝には,粟国(阿波)の忌部の遠祖天日鷲命(あめのひわしのみこと)が作れる木棉(ゆう)を懸け・・・」とあり,阿波忌部氏はこの天日鷲命を祖としています。忌部氏は中臣氏と並ぶ大族で,共に朝廷の祭祀に奉仕してきています。なかでも阿波国麻殖忌部の重要な役割は,上古以来天皇が即位後初めて行う一世一度の大嘗祭にのみ,「あらたえ(麁服)」として調製供納する麻織物で,神衣(かむそ)として神座にまつられるものです。更に麁服とは別に延喜式に定められた「由加物」の献上もありました。当初はその都度ト定により御殿人(みあらかんど)として指名された忌部達で「あらたえ神服(かむみそ)」を織って貢進していたのが,鎌倉時代になると御殿人は家筋もほぼ固定してくるのです。 |
淡路島のイザナギ神社 大西 雅子
6月5日,午後から淡路島をめざして出発です。阿波地名研究会のメンバー3人連れです。古事記に「イザナギの命は淡海の多賀に坐す」と書かれる多賀のイザナギ神社をめざしました。イザナギ神社に隣接して,ちゃんと多賀小学校がありました。 |
日本の未来はWow×4・・・ 広永 敏巳
先日,母(76歳)が朝の散歩の途中,コンビニによって買い物をしたそうです。すると,レジの女の子が間違いをしたらしく,家まであと少しというところで,後ろから追いかけてきた店員さんに,店まで連れ戻されたそうです。その訳は・・・。店員さんがお釣りと購入額を勘違いし,少ないお釣りの方を売上に,購入金額をお釣りとして母に返してしまったようなのです。 |
中国の反日暴動はやはり官製だった。
しかし思わぬ動きに。 天羽 達郎 4月の反日暴動は5月に入ってぴたり止まった。政府がとめた。ということは,あれは党公認の半官半民の暴動だったと白状したようなものだ。しかしその後の動きはおかしなものになってきた。折からのバンドンのアジア・アフリカ首脳会議に出席した胡錦涛首席は各国首脳に『中国は本当に大丈不夫かね。オリンピックなんかできるのかね。』と深刻な懸念を表明され,強い危機感をもった。そこで中国政府はあわてて『社会の安定の維持』と『日中関係の維持』を旨とする大掛かりな教育宣伝キャンペーンを開始した。新聞テレビでは『開放時代の愛国主義には理性が必要』『日中友好は両国人民のためになる』『日中友好の4つの理由』などのタイトルで,知日派の研究者を動員して,連日集中攻撃的な宣伝キャンペーンに乗り出した。一方では警察力による反日運動の封じ込めも行った。『反日』というテーマは『日中友好の維持』の言説によって取り消され,愛国英雄であったはずのデモのリーダーたちは『騒ぎを起こして国の安定を破壊した』という罪を着せられ逮捕されあるいは追われる身になった。ほんの2週間前に過激に日本批判を展開しておいて,掌を返した様に日中友好の大切さを訴えても,運動をやった連中の考えや感情にはなんの変化もない。むしろ政府のご都合主義に腹を立てるだけだ。反日という外向きの騒ぎはいまや完全に中国の内政問題すなわち下から起こった群衆運動と上から押さえ付けようとする政権側との対立つまり『国内闘争』となってしまった。 (長谷川慶太郎ニューズレター,Voice7月号'05:石平(せきへい)氏のレポートより)。 |