天岩戸別神社開元祭 手力男祭り  三村 隆範

 4月16日(日)10時から天岩戸別神社開元祭「手力男祭り」を阿波古事記研究会が波がしらとなって催した。
 前日の夜半まで降り続いた大雨を心配したものの,いつものように晴れあがった。
 奈良県から駆けつけていただいた,天香具山神社の橘豊咲宮司様を始め3名の方々の「神楽舞い」を奉納していただいた。
 手力男神は天岩戸別神社から広がり,全国の神社にお祭られるようになったと考えられる。
 「古事記」や「先代旧事本紀」に
「手力男神は佐那那縣(さなながた)に坐(ざ)す」と書かれて,佐那河内村は,古来「佐那縣(さなのあがた)」といっていました。その佐那河内村にある天岩戸別神社に手力男神が祀られ,

天石門別八倉比売神社 (阿波)祭神 天石門別八倉比賣命
天石門別豊玉比売神社 (阿波)祭神 豊玉比売命
天津天石門別神社 (大和)祭神 手力男神
天津天石門別稚姫神社 (山城)
天石門別安國玉主天神社 (土佐)祭神 天手力男命
天石門別神社 (美作)祭神 手力男神
天石門別神社 (摂津)祭神 天手力男命
天石門別命神社 (近江)
大祭天石門彦神社 (石見)祭神 手力男命 建御名方神
伊波止和気神社 (陸奥)祭神 手力男神 戸隱大神
石門別神社 (備前)祭神 手力男神 天石門別命
石門別神社 (備前)祭神 手力男神 天石門別命

 と平安時代の記録(延喜式神明帳)されている。しかも,出雲の 大祭天石門彦神社 に行くと神社の看板に「阿波の忌部がこの地を開拓した」と書かれているのですから,手力男神は,天岩戸別神社から広がり,全国の神社にお祭られるようになったと考えられるのである。現在でもこうして伝えられている事実をよく知り,正しい伝えを伝えていかなければならないと思う。
 お祀りの当日は,参列者に手力男饅頭をお配りした。
 ラベル製作大西時子さん
 饅頭型は,森拓己さんです。
 さぁ 拳を高く差し上げよう!


〔編集後記〕

 4月16日(日)の天岩戸別神社開元祭,手力男祭も無事終了した。奈良県から天香具山神社の橘豊咲宮司を始め4名の方々が参列していただいた。50〜60名くらいの参加者があった。
 今回は,駐車場も狭いので広く呼びかけなかったが,たくさん集まっていただけた。古代への関心がだんだんと高まってきたことを感じさせる今日この頃です。

       【真瑠吾視比古(まるごしひこ)

 発 行 サークルアマテラス 阿波風の会
           題字 坂本真人
           制作 三村隆範
           編集 真瑠吾視比古

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 阿波に生まれ,住んでいる人が「阿波」という文字の意味をもっと意識していたい。ということが「阿波風」を発行している最初の動機です。
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 といっても書くことは,話したり,することと違い,自分の恥を残すことになるので,「私は,書けません…」という返事が返ってきます。ありのままの自分を見せて生きているにもかかわらず,「書いていただけませんか。」とすすめられると,「書けない」とか,「また後で」とか言って,ありのままの自分を見せようとしなくなるのです。
 いつも,話したり,何かをして自分を表現して生きていても,自分を振り返ることはあまりありません。しかし,書くことは文字が現れてきますから,自分が自分を見ることになるのです。ですから,あなたが書くことは自分を他人に見せているのではなく,本当は,自分を見つめ,自分を知ることになるのです。つまり,自分の力を自分がより知る事になるのです。ですから,書き続けていると自分が大きく向上していくことがわかります。
 自分を見つめてどれだけの時を生きているでしょうか,日々の喧騒に流されて生きてはいないでしょうか? 意織を持つ人間が,何も感じず,何も表現せず生きているわけがありません。人は,生きること(人生)を楽しむために生きています。
 阿波では,踊る阿呆 (踊らな損そん)です。上手い下手はありません。あなたは,傍観者ではなく,この世に生きている参加者です。楽しんでいる自分を,あなたは見て生きていますか? 「楽しい方が楽しいよ」と囃す,阿波の心意気で,一緒に「阿波風」で表現したいと思います。
 今の自分が,望むこと・体感したことを,この「阿波風」に写してはみてはいかがでしょうか。
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