知らないところに行き,生活するということは
とても心配でした。徳島に来て1年がたちました。
新しい出会いが与えられ,人の優しさにも会い,
人間って,いいものだと思うことができました。
「愛はすべてを完全に結ぶ帯である」
              コロサイ人への手紙3:14
 聖書のとおりです。

 7月21日 生まれ       石渡 路子


もう一つの生き方   石渡 路子

 6月に起きた秋葉原での殺人事件は悲しみにあふれています。殺された被害者は,勿論ですが,殺人を犯してしまった青年も哀れです。このような人生を願う人など,誰ひとりいるはずがありません。青年をここまで追い込んでしまった社会が歪んでいるとしか思えません。この青年を育てたのを両親だけのせいにしてはならないと思います。もし,両親の育て方原因だとするならば,両親にそうさせた力が働いていたのです。わが子をこの社会の中で,生きていくことができるようにと,精一杯育てたことでしょう。自分がした苦労を味わせたくないという親心です。
 弱い者が虐げられ,いじめられている社会の現実を知って,自分の子には強くなってほしいと願ったことでしょう。彼も両親の期待に答え,強い者となろうと努力したことでしょう。素直な子であればあるほど,親の期待に答えようとします。彼は自分が強いことを示したかったのでしょう。人を殺すことができるほどに自分は強い者であることを示したかったのでしょう。人にはできない,殺人という行為で強さを示したかったのでしょう。両親の願う強さが青年を誤った,残念な方向へと導いてしまったのではないでしょうか。
 神が願う強さは,そのような強さではありません。弱いまま,その弱さを受け入れ,弱さのまま生きること,弱さに徹することができることです。イエス・キリストは十字架で殺されました。イエスを殺そうとする人々に抵抗することなく,弱さに徹しきりました。十字架は弱さのしるしではなく,弱さに徹しきったしるしです。それは神に信頼する生き方,神と共に生きる生き方です。イエスは私たちにもう一つの生き方があることを示してくれました。それは神の愛に信頼し,神と共に生きる生き方です。
「キリストは,人間の姿で現われ,へりくだって,死に至るまで,それも十字架の死に至るまで従順でした」フィリピの信徒への手紙2:6-8


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