心の貧しい人々は,幸いである,
天国は,その人達のものである
【マタイ5-3】
あなたがたは,地の塩である・・・
あなたがたは,世の光りである
あなたがたの光りを人々の前に輝かし,
そして,人々があなたがたのよい行いを
見て,天にいます・・・
【マタイ5-13〜16】
イエスが言う「よい行い」とは,どんな行いを「よい行い」と言っているのでしょうか?
そしてイエスは,先にあなたがたを世の光りと言っているのです。
「光り」とは,何を指しているのでしょうか?
年老いたあなたが,寝たきりになったとします。その時あなたは,「よい行い」ができるでしょうか?そして世の光りとして暮らせるでしょうか?
「光り」とは,何を注しているのでしょうか?どんな行いを「よい行い」と言っているのでしょうか?
太陽の光を受けて輝きます。同じように,人は,他人からやさしい言葉や施しを受けて喜びます。「喜べないのは,あなたのせいだ。」と他人をせめます。
他人が光りを照らしてくれていたら光ることができるのですが,光りを照らしてくれないから光れないと怒るのです。また,光りにあたっていても光りがないと悩み苦しみ怒る事もあります。
さぁ,これで何が「よい行い」であるか,わかると思います。
「よい行い」とは,いつも喜んでいることです。
どんな時でも,どんなことがあっても,喜んでいることです。
それが光り輝いていることです。
光りがあたり,光り輝くこともありますが,持っているともしびが消えたとしても,自ら光っていることです。喜怒哀楽のまに間で光り輝いている事です。光りは,貴方がいる間光り輝いているのです。
もし,いなくなったとしても,あなたはいつまでも光りの中に,光り輝いているのです。