次の文書は,畠山義就討伐のため和泉上守護職細川常有に同家所領地種野山三木名から召集され,南河内地方で参戦した時の三木英村に与えられた寛正四年(1463)三月の細川常有感状である。
 北朝に転向した時1373年の頼有預け状で,国衙領三木名は守護細川頼有が渡し置いたものとして,細川に従う事となった為である。


(訳)
畠山右衛門佐(=義就)御対治(おたいじ)に就いて永々在陳(ながながざいじん)の条,尤も神妙候,仍(よって)官途の事,仔細有るべからず候,謹言,
       寛正四年三月廿三日
        刑部少輔(花押)(=細川常有)
   三木帯刀丞(たてわきのじょう=英村)殿

意味は,「畠山義就(よしなり)討伐のため,永々在陣の事を賞し,官職所望の事を承諾したもの。」

伊島(その2)      天羽 達郎

 伊島小学校は裏側に低い山を背負っていて,その中腹を伝う様に細い道がある。それを上っていくと島全体の山の尾根を通る道,船着き場を始点とする本道に出会う。それをしばらく行くと右側に溜め池がある。覗いてみると水は緑色に濁っており,淵の近くには大人の親指程もある大きな真っ黒なオタマジャクシが数匹「どんっ」という重量感をただよわせて泳いでいた。にぶい動きだがもの凄い迫カがあった。これがこの島の飲み水の水源か! 浄化するとはいえ随分汚い水を飲んでいるものだと思った。川がない島では古代よりこうして雨水を溜めなければならなかったのだ。先程出会ったご婦人の,小学校の先生が風呂を借りにきていたと言う意味が分かった。昨夜宿で大きなお風呂に入り,水洗便所の水を遠慮なく流したのを申し訳なく思った。今の溜め池は最近になって完成したもので,お陰で水が豊富に使えるようになったとのこと。

 学校の裏の山道訪ぬれば
   父の名を知る老婆に会いぬ

(以下次号)

仏種 縁によって起こる     近藤 隆二

 生涯教育の先駆者廣池千九郎博士が三拾歳の時,東京目白の渡辺雲照(仏教の第一人者)のもとを訪ねられて,仏教の真髄を教えて頂いた所,渡辺雲照いわく,「仏種 縁によって起こる 是故に一乗を説く」
 仏種(慈悲心)は縁(精神伝統)によって起こる(ひき出される)。
 精神伝統(魂生み直しの親)に御縁を頂くことによって神仏よりいただいた慈悲の心が芽ばえる。
 植物の種も机の上や石の上に置いても芽は出ない。種を土の中へ入れるとやがて芽が出てくる。種(因)があって縁(土)にふれて芽(果)が出て花が咲き実が稔る(報)……因縁果報。
 縁も良縁と悪縁があるので,良縁につながる。幸いにも私は先祖の余徳によってすばらしい精神伝統に御縁を持つことが出来て聖人の教えを学ばせて頂き天地の法則(進化退化の二法則)を教えてもらいました。先祖の余徳のお蔭です。
 自分も先祖のように子孫に徳を残して逝きます。

                 中村 修


愛は心の薬        坂本 恵子

 7月の終わり頃,ウイルス性結膜炎にかかりました。
 彼と会っている最中に左目がどんどん赤くなり膿が出だして腫れ上がり,これはヤバイと感じたのですぐに救急病院へ。すると先生は人に移る病なので治るまで仕事を休み休養して下さいとおっしゃいました。治るのに時間がかかるので無理しないで下さいと言われ一週間自宅で療養したのです。最低二週間はかかると言われたのですが,一週間ですっかり良くなったのです。
 私の彼は毎日私の目が治るよう祈り励ましてくれました。愛の力は病を治すようです。目の病気は心の病気だと彼に言われました。ストレスや疲れがある時,私は必ず目に症状が出るのです。左目が開かず片目で過ごした一週間で両目が見えるありがたさと目の不自由な人の大変さを実感しました。
 突然の病で凹んでいた私を必死で支えてくれた彼に感謝の気持ちで一杯です。たかちゃん,ありがとうね。

いろは(委)ゆだねる 大西 時子

 オリジナルのイラストを描き出すのと少し得意分野を離れた仕事の依頼とではスタートラインの前で合図とともに一歩踏み出す迄の心の有り様が違って来ます。
 まさしくここでも「いろはのい(委)」の効用を知り,ますます躓いたり生きあぐねる事の無意味なことを確認させられます。
 「委」すなわちゆだねる。
 資料の少なさの上にあまり得意ではない構成図,加えて町並みなどを含めた鳥瞰図。
 一見,苦手の分野でも,お受けして走ってみると景色が見え出し,ヒントも与えられる。
 オヤオヤといった心の弾みも出て来て「ほぉれ,出来たじゃないか♪」………と不思議となんとか仕上がるものです。
 出来不出来は二の次ですが,などというとご依頼主に失礼乍ら……なんて本人が思っている程の期待感もないかもです ( ^ ^ ;♪
 技術はこの繰り返しのなかで高めていけばいいですネ……ってとても無責任で安易ですね。
 なにはともあれ,そんなことも経験の中で知り,仕事に限らず,弾みのある「思いつき」には大きな波及力が潜んでいるのでしょう。そんな時はできるだけ楽しんでアクションを起すようにしています。要は楽しむことだけに集中してあとは委ねればいいってことですかネ。
 い(委),この精神(神の心)に人(イ)が関わって,倭(やまと)ができた……なんて発想をすると,日本はまさしく神国ということに。
 「倭」つまり大倭のもとつ国,「倭」即ち阿波の素晴らしさが身びいきながらこんなところからも導かれて来ます。
 意識のシャボン玉は常に創造のパワーを孕んでひたすら大きく膨らんで行こうとしています。
 私達は運転席でアクセルを緩めたり急ブレーキをかけたり……,シャボン玉が夢のように弾けて消えないようにいつも丹田から大きな息を吹き込みたいと思います。