longing

「ねえ、見てよ、新一! ほら、お嫁さん! いいなぁ……」
「え?」
「だって……、新一にだけは教えるけど、あのね、お母さんたちみたいに20歳までに結婚するのが夢なんだ」
「だったら、その夢、俺が叶えてやるよ!」
「ホント?」
「何なら指切りでもするか?」
「うん! 絶対だからね!」

あの頃の私たちはいつも一緒だった。幼稚園に行く時も、幼稚園に行ってからも、幼稚園から帰る時も、家に帰ってきてからも、毎日、辺りが暗くなるまで、近所を探検したりして……

あの日だってそう。梅雨の合間の晴れた日曜日に、新一と私はお母さんたちに東都動物園に連れて行ってもらったのよね。そして、その帰り道で見たのが、フラワーシャワーの下で、幸せそうな笑顔を浮かべる花嫁さんの姿。すごくキラキラしていて……。その姿が子供心にも羨ましかったから、思わずそれまで漠然と抱いていた夢を口にしちゃったの。

それからも、お嫁さんを見るたびに私は同じようなことを言い続けて、その度に新一が「俺が叶えてやるから!」と言ってくれて。お母さんが家を出て行ってしまうまで、ずっと繰り返された大切な言葉。

今になって思えば、あの指切りの後からかもしれないわね。繋いでいない片手が、何だか空っぽのような感じがするようになったのは。
そう。私たちが5歳の6月の、あの初めてのプロポーズの日から・・・

「今日はありがとう、新一。私、本当にみんなの給食費を無くしちゃったかと……」
「オメーは昔っから思い込みが激しいところがあるからな。冷静になって思い出してみれば、すぐにわかるものを」
「ゴメンなさい。でもね、嬉しかったんだ。新一はちゃんと私のことをわかってくれてるんだって!」
「バ、バーロ、んなんじゃねーよ。ほら、オメーは何てったって単純だからさ……」
「単純って、そんな言い方しなくても……、あ、見て見て、新一!」
「ああ、結婚式ね。って、オメー、ガキの頃からホント好きだよな、人の結婚式を見るの」
「いいじゃない、別に。ねえ、それより、何でみんな、ジューンブライドだからって6月に結婚したがるの?」
「そいつは、ヨーロッパなどでは、女性と結婚の守り神であるジュノーの月が6月とされているからだよ。このジュノーっていうのはローマ神話での呼び名で、ギリシア神話では大神ゼウスの妻のヘラのことなんだけどさ」
「へー、そうなんだ。それじゃあ、あの二人もきっと幸せになれるね……」

あの頃の私たちは、クラスは違ったけれど、約束しなくても毎日会えたのよね。いつまでも、一緒にいられると信じて疑わなかった頃。
あの日、みんなの給食費を無くして、どうしようもなくなって泣いていた私を見かねて、隣のクラスからわざわざ来て、新一が見つけてくれたのよね。その日の帰り道で、私は初めて「ジューンブライド」の意味を知ったの。そして、探偵を気取ってる新一も、ちょっとカッコイイかなって思ったのも、私たちが10歳の6月のあの日から・・・

「凄いよね、今日の試合もハットトリックだもんね!」
「まあな。今日の相手も大したことは無かったからさ」
「でも、去年の都大会準優勝校でしょ?」
「バーロー、去年の優勝校は俺らだっつーの!」
「はいはい、そうでした。あ、ねえほら、結婚式! あの感じだと、二人とも若そうだね?」
「ああ。20歳くらいってとこか」
「うん。綺麗だね、お嫁さん……」
「そっか? きっと蘭の方が……」
「え?」
「いや、何でもない。ただの独り言だから」
「そう……」

それまで、ほとんど同じくらいだった身長が、気が付いたら新一の方が高くなっていたのがあの頃。ちょっとズルイなって思ってたのよ、新一ばかりが大きな存在になっていくようで……
ゴメンね、あの日、聞こえかった振りをしたけど、本当は新一の言葉はちゃんと聞こえてたの。それなのに、あの時の私には、新一の顔を見る勇気がなかったから. でも、凄く嬉しかったよ。頬を赤く染めながらも、その真っ直ぐな瞳に迷いはなかったから。15歳の6月の大切な思い出の日・・・

「あ、ブーケトス!」
「もしかして、羨ましく思ってるとか?」
「ううん、まさか。こんなに幸せなのに、これ以上何か望んだりしたら、ジュノーに怒られちゃうかもしれないでしょ?」
「かもな。ギリシア神話のヘラは、嫉妬深い女神としても有名だし」
「え、そうなの?」
「ああ。もうすでに、蘭に嫉妬してるかもしれねーぜ?」

『夢は叶えるために見るものでしょ?』
子供の頃に聞いたフレーズがずっと心に残ってた。
それは、無意識のうちに信じてきた大切なおまじないだったから……

いつの頃からか、春とも夏とも呼べないこの季節が好きだった。
それは、
あなたの愛を知ったのはこの季節だから。
あなたの愛を確かめられたのはこの季節だから。

「さてと、そろそろ我が家に帰りましょうか、工藤蘭さん?」
「うん」

そして、あなたと二人、生涯を分かち合い、共に歩み始めたのはこの季節だから……

そう、20歳になるこの年の6月、私たちは結婚しました。
子供の頃から共に抱いていた夢を叶えるために。
そして、これからも二人で同じ夢を叶えていくために・・・

大したものではありませんが、本文のみ、どうぞご自由にお持ち帰り下さいませ。

補足までに一応。
タイトルの『longing』は、「あこがれ」とか「切望」というような意味です。
お話は蘭ちゃん視点で書いてますが、タイトル自体は新一の方がふさわしいのかもしれませんね。

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