秋が来た

『天高く馬肥ゆる秋』などと言うけれど、空の高さも星の輝きも、雲のあるなしに関わらず曖昧にしかわからないこの空を見ていると、本当なの?と疑いたくなってしまう。
なんて、夜空に向かってこんな風に思うのは、言いがかりみたいなもの?

ほんの僅かな名残を探るように、『コナン君』が眠っていたこの部屋でそんな夜空を眺めてみても、意味のないことくらいわかってる。

でも……

『さもなくも秋は淋しい時だ。』
か……
さっきまで読んでいた武者小路実篤の詩に影響されたみたい。

最終便に乗ると言っていたから、ちょうど今頃、離陸のはずよね?
その姿が見えるはずも無いのだけど、なぜだかどうしても、西の空を見つめずにはいられなくて――――

神戸に住むという、ある未亡人から新一の元に依頼状が届いたのは3日前のこと。
単なる遺産相続の争いと思われる依頼内容に、「俺の出る幕じゃ無さそうだな」と新一も乗り気では無かったのに、手紙と一緒に羽田−神戸間の航空チケットも同封されていたものだから、渋々といった様子で行ってしまった。

空港まで見送りに行くことも考えたけど、せいぜい2日の別れでしかないのだからと言い聞かせて、つい2時間ほど前に米花駅で見送って。でも――――

どうして、こんなにも離れがたいの?
どうして、こんなにも不安なの?
どうして?
季節の変わり目のせい?

胸騒ぎとも違う、今までに経験したことの無い違和感が、私の心を浸食していくのを感じてる。
せめて新一の無事を、少しでも早く戻ってくれるようにと、力無く輝く星たちに願わずにはいられなかった。

「え?」

突然、耳に届いたのは、心を弾ませずにはいられない耳慣れたメロディー。

「どうして!? だって今頃、新一は飛行機の中じゃ……」
「今夜は流星群も彗星も特に無かったと思ったけどなぁ……」
「え? ええ!?」
「それにそこ、おじさんの部屋だろ? その部屋からじゃ、天体観測なんてするだけ無駄っつーもんだぞ?」
「どうして?」
「とりあえず、下を見てみろよ!」

促されるままに視線を下に向けると、そこにはいるはずの無い新一の姿。
受話器越しの会話は続いて。

「やっぱり、面倒くさそうだから、服部に俺の代わりを押し付けておいた。アイツ、いつもいつもいきなり現れて、オレたちに面倒なことばかり持ち込むだろう? だから、たまにはお返しでもと思ってさ。それに、関西はアイツの庭だからな。オレが勝手にアイツの庭先でウロチョロするのも悪いかな、とか思って」
「じゃあ、神戸に行くの、止めたの?」
「そういうこと。断りの電話はさっき入れたし、チケットと一緒に代金も同封して、速達で送り返しておいたから、あとは服部が何とかしてくれるだろうさ。まあアイツは厭味の1つや2つは言われるかもしれないけど」

悪戯っ子のようなその表情は、紛れも無く新一のもので。

「ホント、バカみたいね……」

つい今しがたまで、見えるはずもない機影を追いかけていた自分が急に気恥ずかしくて、滑稽にすら思えて、涙と笑いが止まらなくなってしまった。

「おーい、どうした?」
電話越しでは無い声に、慌てて目元を拭って。
「あ、うん、何でもない」
誤魔化せるなんて思ってないけど、まずは満面の笑みで迎えなくちゃね?

「ところで、蘭がそこにいるってことはおじさんは?」
「お父さんならポアロにいるはずだけど……」

「あ!」

残暑の厳しい年にUPするのもどうかと思う内容ではありますが。
昨日、手直しをしながら、逆のシチュエーションで書いてみても面白いかも?などと思ってしまったり……

ついでなので。
作中の武者小路実篤の詩の1行は、この駄文のタイトルと同じ「秋が来た」のもので、武者小路実篤詩集 (新潮文庫) の一番初めに紹介されているものです。

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