つい今しがたまでソワソワと落ち着かない様子だった新一がピタリとその動きを止め、ソファーに腰を据えた。時計を見れば、ワールドカップ決勝戦の開始まで30分を切ったところ。観戦モード完了のようね。
毎度のことだけど、サッカーを見るときの新一の目は少年のよう。特に日本代表の試合やワールドカップのような大きな大会ともなると、それは特に顕著で。ホント、子供の頃からちっとも変わらないんだから。
試合開始10分前。
選手が入場し、両国の国歌がスタジアムに流れる頃、私はいつものように新一の隣に座った。
「ねえ、どっちが勝ちそう?」
「さあな。こればっかりは、俺にもわかんない。ワールドカップで優勝するには実力だけでなく、時の運が必要だからな。サッカーの神様が優勝するのに相応しいと思ったチームの方だろうさ」
新一の視線は画面に向けられたままで。
こんなに新一を夢中にさせるサッカーにちょっとだけ嫉妬してしまう私は、やっぱり、大人気ないのかもしれないわね。
前半開始のホイッスルと共に、私は新一の側から少しだけ離れて座る。本人は気付いていないみたいだけど、試合中に手足が激しく動くことがあって、ちょっと危なかったりするから。
試合は序盤から白熱した展開で、互いに闘志溢れるプレーが続いている。彼らに影響されてか新一も興奮状態。傍から見ていると、ちゃんと呼吸をしているのかが心配になるくらい。こんなこと本人に言ったら怒られるだろうけど、時々試合より、新一を見てる方が面白いかも?と思ってもみたり。
前半終了のホイッスルと共に、新一は大きく息を吐き出した。
「やっぱ、カッコイイよなぁ……」
「え?」
「誰がとかじゃなくて、この最高の舞台で戦っている選手の一人一人がさ」
「羨ましい?」
「羨ましいとはちょっと違うかもな」
そう答えると、ソファーに座って以来、初めて私を見てくれた。
柔らかい笑みと共に。
「ねぇ、こんなにサッカーが好きなんだし、やっぱり、新一も昔はワールドカップに出たいとか思ってたの?」
「いや、特には」
「え? 一度も?」
「ああ。子供心にも自分とは別世界のように感じがしてたから……」
そう言って、TV画面を見る新一の目は、私にはどこか、サッカーボールを必至に追いかけていた日々を懐かしむように見えた。
「私は……、あるよ」
「え?」
「何年も前のことだけど……。日本代表のユニフォームを着た新一が、ワールドカップの舞台でシュートを決めたり、アシストを重ねていったらカッコイイだろうなぁとか、ちょっとだけ想像してみたの。ワールドカップがこんなに凄い大会だとは知らなかった頃にね」
私の告白は新一には意外だったようで、柄にも無く、きょとんとしている。
私は私で、顔がみるみる赤くなっていくのを感じて。
「そうだ! 私も飲みたいし、コーヒーでも淹れてくるね?」
そう言って、新一の返事を確認もせずに、逃げるようにキッチンに向かった。
コーヒーが落ち終わる頃、後半開始のホイッスルが聞こえてきた。
きっと味わう余裕など無いのだろうけど、新一の前にそっとカップを置く。
新一の目は再び、少年の頃のものに戻っていた。
(今はもう、新一のユニフォーム姿を思い浮かべたりしないけどね。
だって私には、今、試合をしているピッチ上の誰よりも、新一の方がカッコよく見えるから――――)
W杯の決勝リーグが始まった頃に思い付いたネタです。
最初、拍手用の小話にするつもりだったんですが、W杯ネタは4年に一度しか書かないかも?ってことで、ショートにしてみました。