Influenced song : 『Nora』 by GARNET CROW
オレは野良猫。
当然、名前なんてものは無い。
野良猫なんて、所詮は孤高な生き物。一匹の方がずっと気が楽だ。
これから日課のパトロール。
昔馴染みに誘われてしばらく隣町に行っていたから、久しぶり、そうだな、1か月ぶりくらいになるのか。
空は今にも泣き出しそうな曇天。らしくもなく緊張しているのか、どうにも気分が乗らない。でも、オレは行く。
この街に流れ着いたのは、半年くらい前だったろうか?
パトロールはねぐらを確保して、すぐに始めた。
これからお世話になる街のことを知るのが、オレなりの流儀なのだ。
新しい棲み処は、今までに訪れた街と比べてみても、かなり刺激的だ。住んでいる人間たちが、実に面白い。
元々の住猫たちの話によると、何でも『タンテイ』とかいう奴らが多いからだと言う。オレはまだ、そいつに会ったことは無いけど……
その代わり、『ハカセ』とかいう爺さんなら、何度か見たことがある。
オレはアイツが嫌いだ。アイツのへんちくりんな家が嫌いだ。 2度ばかりアイツん家の近くで、「ドン!」とか「バン!」とか、とにかくバカデカイ音で驚かされたことがあるからだ。
あの家に住んでいる女の子は、オレを見かける度に声をかけてくれるから好きなんだけど……
好きと言えば、そのハカセの家の隣にある洋館で時々見るお姉さんも好きだ。
その洋館にそのお姉さんが住んでいる訳では無さそうなのだが、朝だったり、夕方だったり、夜だったり……、
一人だったり、友達らしき人と一緒だったり、子供と一緒だったり(圧倒的に一人が多いけど)……、
門の前だったり、玄関先だったり、庭だったり……、
とにかく、色んな時間に色んな場所で、何度も何度もその姿を目にした。
そして、時々、オレの姿を見つける度に、いつも優しく声をかけてくれる。「いつも見回り、ありがとう」って。
最近になって知ったのだが、どうやら例のタンテイとかいう奴の一人が、この屋敷の主らしい。
いつの頃からか、オレはそのお姉さんに会うのが楽しみになっていた。
思い返してみると、オレはお姉さん以外の人間から、「ありがとう」だなんて、やけに温かい言葉を言われたことがあっただろうか?
今日はどうにかハカセの家に驚かされること無く、無事に洋館の前まで辿りついた。
玄関先にはあのお姉さんが一人でいる。
気分が乗らなくても、パトロールに出た甲斐があったというものだ。
でも、あれ?
何だか様子が違う!?
いつもよりずっと、キラキラしてる!?
「ねぇ新一、まだなの?」
「今、そっち行くから、そのままそこで待ってろ!」
オレの聞いたことの無い声がする……
若い男が洋館から出てきた。
アイツが シンイチ なのか?
アイツが タンテイ なのか?
アイツがお姉さんの隣に立った。
お姉さんはアイツをずっと待っていたのか……
「開園時間まで、まだかなりあるってーのに、やけに急かしやがって……」
「だって、早めに行って、会場の雰囲気とかも味わいたかったんだもん! それに、できれば、楽屋に挨拶にも行きたいし」
「それならそうと、先に言えっつーの!」
「うん。それもそうだよね。ゴメン。今後は気を付けます」
「まぁ今回は大目に見てやるよ。今夜の秋庭怜子のコンサートは、蘭がずっと前から楽しみにしていたしな。俺の読みが甘かったってーのもあるし」
「お目こぼししてもらえるのはありがたいけど、何だか随分と上から目線じゃない?」
「そうか?」
お姉さんの名前、『ラン』って言うんだ……
「あら、ノワールじゃない? しばらく見かけなかったけど、あなた、元気にしてたの?」
しまった!
オレとしたことが、マヌケな姿をさらしちまった……
「ノワール!?」
「この子、ほら、漆黒の毛色でしょ? だからノワール」
「そうじゃなくって、コイツ、野良だろ? オメーまた勝手に名前を付けて、まさか、面倒なんかも見てるとか、言わねーよな?」
「面倒までは見てないけど……。そんなにノワールのことを毛嫌いしなくてもいいんじゃない? 最近は御無沙汰してたけど、ずっとこの辺りの見回りをしてくれてたのよ?」
「見回り!?」
「そう。ちょうど新一が家を空けていた間、この子がちょくちょくこの家の様子を見に来てくれてたの。ね?」
一体、どうしちゃったんだろう、オレ?
いつもみたいにお姉さんの足元に近付きたいのに、脚が動かない。せっかく話しかけてくれてるのに返事も出来ないし、尻尾すらも動かせない……
「この野良が俺ん家の辺りを見回ってたって? ふーん……。そういうことなら、とりあえずありがとな。だが、俺が戻ったんだし、もう見回る必要は無いぞ、クロ!」
「クロって、ノワールのこと?」
「ここはフランスじゃ無く、日本だからな。クロで充分だろ。コイツ、オスみたいだし」
「えーと、何か意味不明なんですけど?」
「まぁ、そういうわけだ、クロ。俺たち、今すぐ出掛けなきゃならないから、悪いが、今日はオメーの相手をしている暇が無いんだ。もし、今度また、どこかで会ったら、その時にな!」
な、なんだ、コイツ!?
言い方は穏やかではあるけど、何かスゲー怖いんだけど?
不覚にもオレ、ヒゲさえも動かせない……
「絶対、クロよりノワールって感じじゃない? あんなツヤツヤで綺麗な黒毛は見たこと無いのに……」
「黒猫なんだから、クロでいいっつーの!」
二人の声がどんどん小さくなっていく……
西の空が赤く染まってきた。風がやたらと冷たい。
オレは野良猫。
名前はノワール。
野良猫なんて孤独に慣れっこだ。
だから、このまま暗くなるのを待って、夜の闇に紛れてこの街を去ろうとも思ったが……
もうしばらく、ここに留まることにした。
『タンテイ』とかいう輩をもっと観察してみるつもりだ。
2カ月近く前に、隣町の住宅街で、さも一軒一軒を点検して回っているような動きの黒猫を見かけた時に、降ってきたネタです。
「吾輩は猫である」をちょっと意識しつつ、とにかく、GARNET CROW の「Nora」に引き摺られないように、ということを意識しながら書きました。