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「ただいまー」

事務所のドアを開ければ、そこには、すっかり見慣れてしまった、酔い潰れて机でビールの空き缶を握り締めながら眠るお父さんの姿。

「ハアー、やっぱり……」
いつの間にか私も、溜め息が板についちゃったみたいね。

元々、お父さんの探偵事務所は依頼が多かったわけではないけど、それにしても、この半年の状況は最悪。閑古鳥が鳴くっていうのは、きっとこういうことを言うんでしょうね。原因の全てがそこにあるわけじゃないってことくらいわかっているの。でも、一端を担っているのは間違いないのよね。だって、新一が探偵として活躍し始めたのも、ちょうど半年前だもの。

今じゃすっかり有名人の新一。
“日本警察の救世主”とか言われちゃって、テレビや新聞なんかに毎日のように取り上げられているものね。お父さんはそんな新一の姿を見る度に不機嫌になるの。私にもお父さんの気持ち、わからないでもないけど。
私だって胸中は複雑なのよ。何だか新一がこのままずっと遠くに行ってしまうような気がして……

新一が自慢げに見せるファンレターの束を、私がいつもどんな気持ちで見ているのか、少しは考えてみたことがある?

子どもの頃から『探偵になるのが夢なんだ』と言い続けてきた新一。変わらない夢を持ち続けている新一のこと、側で見ていてずっと羨ましいと思っていたの。

半年前のロスへと向かう飛行機の中での、新一の最初の事件に私も居合わせたわよね。初めて見る探偵としての新一の姿。カッコつけて、偉そうなことを次々と言っちゃって、けど、最後にはその場にいた誰よりも堂々としていて……

あの時の私、正直、少し胸が痛くなったのよ。新一は着実に夢に近づいているっていうのに、私はというと、未だに迷い続けていて……。子どもの頃からいつだって一緒だと思ってきたのに、私だけ置いてきぼりのような気がしたから。

いつの日か、新一がずっと憧れてきたシャーロック・ホームズのような探偵になれる日が、本当に来るのかもしれないわね。今は幼なじみとしてすぐ側で見守ることができるけど、その内、それすら叶わない日がくるのかな? 日に日に探偵として輝きを増す新一の側に、私はいつまでいられるの?

今までずっと一緒にいたから、この先、新一が側にいない未来なんて、私にはどうしても思い浮かばない。 ううん、本当は、そんな未来は考えたくないって思ってるだけなのかもしれない……

新一の探偵に対する思いは、生半可なものじゃないってことはよく知ってるの。今までどれだけの努力を重ねてきたかってことも知ってる。だから、私だって本当は、新一のことを心から応援してあげたいと思ってるの。それに、キラキラしている新一の姿を見るの、私、好きだから……
でも、ゴメンね、今の私にはどうしても素直になることはできないみたい。

お願い、新一。
もうしばらく、幼なじみとして新一の側にいさせてくれる? 私がちゃんと勇気を持てるようになるまで……

設定からいけば Main になるんですが、小説と呼ぶには恥ずかしい出来なのでこちらにしました。時期は読んでわかると思いますが、高校1年生の秋から冬くらいです。
相変わらず人格が微妙に違っているような気がするんですけど……

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