それは、2年ぶりに訪れたアメリカ旅行の最後の夜の出来事だった。
きっかけは、父優作のこんな台詞。
「せっかくだから、これから二人にとても素敵な場所に連れて行ってあげようと思うのだが、どうかね?」
「素敵な場所ですか?」
「変な場所じゃねーんだよな?」
「まあ、二人とも。心配せずに着いてきなさい」
そうして、連れてこられた場所っていうのが――――
「なあ、父さん。ここって、どう見てもBARにみえるんだけど? それも、かなり格式の高い店のようだが、まさか、素敵な場所ってここじゃねーよな?」
「いや、正にここだけど、何か問題でもあるのかな」
「あるのかなって、あんたねえ。俺と蘭が未成年だってわかって連れてきてんだよな?」
「その事なら、心配はいらない。ここのマスターは日本人で、以前から親しくしていて、多少の融通も利くしな」
(我が親ながら、ホント、何を考えてんだか……)
これが、この時の俺の気持ち。
すぐ隣にいる蘭も、場違いな場所に来てしまったのではと、不安げな様子だった。ちなみに、この時の母有希子の様子はというと、二人の不安をよそに、いかにも嬉しそうに笑っていた。まあ、ここまで来ては仕方が無いので、とりあえず、父の手招きした席に座ってみる。
「さすがに、二人でこういう所には来た事はないだろ?」
「当たりめーだ。なんせ、俺たちはまだ高校生だってーの」
「わかってるさ。だから、こうして連れてきてあげたんだろう? 何も、俺は二人に酒を飲ませるために、ここに連れて来たわけじゃないぞ。あくまで、こういう雰囲気を楽しんでもらおうと思ったまでの事さ」
「雰囲気ねえ……」
「蘭君には、そうだな、“シンデレラ”がいいだろう」
「なるほど、そういう事ね。じゃあ、俺は“サラトガ・クーラー”」
「ねえ、新一。これって、一体、どういう事なの?」
「まあ、出てきたものを飲んでみれば、蘭にだってわかるよ」
蘭は未だに不安げだったが、俺は先ほどからの不安が無用のものだとわかり、ホッとしていた。ただ、このすぐ後に、別の望まない事態が生じる事になるのだが。
「ねえ、優作。私も、飲んでもいいのかしら? だって、ここのカクテル、すっごく美味しいんですもの」
「……まあ、良しとするか」
「よかったわ。じゃあ、私、“サイドカー”ね」
「マスター。二人には、“シンデレラ”と“サラトガ・クーラー”を、有希子には“サイドカー”で、俺には、“デプス・ボム”をお願いするよ」
「かしこまりました」
「ちょっと待て、父さん。二人とも強めのカクテルを頼んだんじゃねーのか?」
「それがどうかしたか?」
「じゃあ、帰りは誰が運転すんだよ!」
「なーに、我が家にはもう一人、運転出来るのがいるじゃないかね、新一君」
「まさか、俺に運転してけっていうのかよ? 国際どころか、国内のだってまだ取ってないんだぞ、免許」
「ハワイで散々運転しておいて、今さら何を言ってるんだ?」
「ハワイは、別荘の敷地の中と、その近くだけだろ? ロスの公道とはわけが違うじゃねーかよ」
「まあ、どちらも大した変わりはないさ。なあ、有希子」
「そうそう。新ちゃんの運転なら、私も安心して今夜は飲めそうね」
「あのな……、もう、勝手にしやがれ。俺はどうなったって知らねーぞ。万が一、捕まるような事があったら、ちゃんと責任取ってくれよな」
「まあ、任せておきなさい。それより、せっかくなんだから、まずは二人とも、美味しいカクテルを味わいなさい」
タイミングが良いというか、ちょうどその時、4人のカクテルが届いた。
「新一が運転するって、ホントに大丈夫なの?」
「まあ、運転そのものは問題はないさ。ただ、捕まらなければだけどな」
「捕まらなければって言っても……」
「大丈夫だよ。絶対、事故ったりしないからさ。蘭はせいぜい、捕まらないようにって祈っていてくれよ、な?」
「う、うん……」
「それより、とりあえず、そいつを飲んでみな。心配するな、アルコールは入ってないからさ」
「本当に? じゃあ……」
「どうだ?」
「うん、凄く美味しい。これって?」
「ああ。オレンジとレモン、それにパインジュースを同量混ぜ合わせたもんだよ。カクテルっていうのは、何もアルコールが入ってなきゃダメってわけじゃなくて、ジュースを混ぜ合わせたものも、立派なカクテルなんだ。ちなみに、俺のは、ジンジャーエールにライムジュースとシュガーを合わせたカクテル。こっちも飲んでみっか?」
「うん、……こっちのも美味しいね」
「二人とも、気に入ってもらえたようだね」
「はい」
「まあ、この後の事を考えなければの話だがな」
この夜の出来事。それは、俺が罪を犯したっていう事だった。両親の共謀による無免許運転っていう罪を。幸い、捕まる事も無く、無事に家に着いたわけだが、蘭にしてみれば、ひどく迷惑な話だっただろう。いきなり、自分たちにはまだ不釣合いな格式の高いBARに連れて行かれて、そして、帰りには免許を持たない俺の運転する車に乗るハメになったのだから。
それにしても、我が両親。
蘭がいるというのに、息子を平気で軽微とはいえ犯罪者にしやがる。
(でもまあ、これはいつもの事か。二人らしいと言えば、それまでなんだけどな)
そう思えてしまう、俺もまた、ヤバイのかもしれない……
タイトルは仰々しいけど、単なる日常風景を書いたというか、大して意味のないこのお話。本編の「Pandora's Box」が重かったので、軽めの話を書こうと思いまして。
留意はお酒がほとんど飲めないのですが、新一も蘭ちゃんも強そうですよね。
一応、気を使って優作さんと有希子さんにはジンやウォッカベースのを飲ませなかったのですが、この間のSPの中で、有希子さんはジンベースのホワイトレディを飲んでましたね。あまり、意味が無かったようです(苦笑)