絶対評価

7月も既に下旬。夏休みが始まってからも2週間が過ぎようとしているのに、新一は休みらしい休みを1日も取れずにいた。その上、自宅で過ごせたとしても10時間と連続でいられない日ばかりで、特に今週に入ってからは、自宅に戻ったのは一度きりという多忙さ。金曜日の今日になってようやく全ての依頼から解放されたと連絡が入ったのは、午後に入ってからのことだった。

大学の入学と同時に、新一が本格的に探偵業を始めてから3年。学生結婚してから2年、息子のコナンが生まれてからもうすぐ1年。
10分先の予定を立てることさえままならないような新一の多忙さを、時々恨めしく思うことがあるのも事実。
でも、探偵は新一が子供の頃から抱いてきた夢だし、私も夢を叶えた新一の姿を見たいと思っていたしから。何度となくすっぽかされる約束に嫌味を言ったりすることもあるけど、決して新一自身に不満があるわけではないの。だって、貴方がどれだけ私やコナンのことを大切に思ってくれているかを知っているから……

今日だって疲れているはずなのに、1ヶ月ほど前に利善町にオープンしたばかりのショッピングモールに行こうと誘ってくれて。オープンしたての頃に、私が行ってみたいと言っていたのを、貴方はちゃんと覚えていてくれたのよね?

週末の夕方なだけあって、ショッピングモールは家族連れや若い人たちで溢れ返っていた。その人込みを少しでも避けるように進み、吹き抜けになっているセンターモールに差し掛かったとき、突然、新一の足が止まった。
「蘭、俺にコナンを抱かせてくれないか?」
「え? でも……」

不意に掛けられた言葉に、私が驚いたのにはそれなりの理由があったからで。生まれてから人見知りをしたことがなかったコナンが、なぜか最近、新一に抱かれた時だけ泣くようになっていたから。

「多分、今日は大丈夫だから」
そう言って、お得意の自信満々な表情を見せたかと思うと、私の腕からコナンを取り上げてしまった。

「あれ? 嘘!?」
「ほらな?」
いつもなら直ぐに泣き出すはずなのに、コナンは新一の腕の中でいつもの屈託のない笑顔を浮かべていた。

「どうして?」
「コイツが俺に抱かれて泣くようになったのって、ここ1ヶ月くらいのことだろ?」
「うん」
「その間、俺がずっと事件を抱えていたからだよ。自分では、家では気持ちを入れ替えて事件のことは考えないようにしていたつもりだったけど、無意識のうちに考えていたのか、どこか緊張しているところがあったんだろうな。コナンはその辺りを敏感に感じていたのだと思う。それ以外にも勘の鋭いところがあるし、案外、将来は相当の大物になるかもしれないな……」

そこまで言い終えると、新一はいつの間にか眠ってしまったコナンの小さな頭をそっと撫で始めた。コナンの鼓動を確かめるかのようにそっと顔を近付けるその表情は、どこまでも優しさに満ち溢れていて……、思わずドキッとしてしまった。

前に誰かが「女性の一番の特権は子供を産むことではなく、子供の父親を選ぶ権利があることだ」と言っていたけど、だとしたら、私は最良の人を選んだみたいね。

そんな風に幸せを噛みしめていたところに、新一から掛けられた言葉は意外なものだった。
「なあ蘭、俺がこうして赤ん坊を抱いている姿って、傍から見るとそんなに違和感があるのか?」
「え?」
今まで、全然気が付かなかったけど、新一の言うように、コナンを抱く新一を見る周囲の人の視線は、なぜか好奇なものを見るかのようだった。

「確かに、新一が有名人だから見てるって感じではないかも」
「だよな……」
「こんなに良き父親で、良き夫はいないのにね? そうね、Aマイナスくらいの評価は付けてあげるのに」
「随分と甘いんじゃねーの?」
「そーお? 確かに、事件事件ばかりで、不満に思うこともあるし、心配が耐えないのは事実だけど、でも新一、頑張ってるから……」
それに、貴方の側にいるだけで、私は温かくて優しい気持ちで満たされるの。その上、こんなに可愛い子供まで授かったのだから。

「ありがとう、蘭」
少し照れくさそうにそう言うと、新一は再び歩き始めた。

しばらくの沈黙の後、私に視線を向けることなく、さらっと流れた言葉に私は再びドキッとさせられる。
「蘭は文句なしのAプラスだよ」
「え?」

顔を逸らしてしまったからその表情まではわからないけど、その時、耳朶までもが赤く染まっていたように見えた。

以前、スーパーの食品売り場で若いお父さんが赤ちゃんを抱いていた姿を見かけて、思わず新一とコナンに脳内変換してしまった時のことを思い出して書いてみました。
ちゃんと雰囲気が伝わっていると良いのですが……
ちなみに、当サイトの工藤コナン君は8月下旬生まれという設定になっています(コナン・ドイルが亡くなった7月7日生まれも考えたんですが、神話的にも占星術的にも蟹座より乙女座だろうってことで)。

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