1、絶望


 「サイラス…!!!」
 瞬間、僕の目の前に繰り広げられた悪夢のような出来事が頭に甦ってきた。
 僕はなんとか体を動かし、水に押し出され岸に上がったバッチを手に取った。バッチの中に描かれている騎士の横顔に血痕がつき、青い色彩でさらにそれが浮かび上がって見える。
 水の音がした。
 下に叩きつけられる水の音。
 僕はバッチごしに親友の影を見た。
 そして全身から飛び出るくらいの涙を流していた。
 声は聞こえまい。
 水の音がしていた。

 バッチをグッと握ると、僕は山の山頂を見た。
 純粋に青く輝く空は、今の僕にとっては眩しいほど目にしみた。
 岩陰があり、さらにその上にたくさんの木々の葉が広い空を閉ざしている。
 僕は親友の面影を探して、立ち上がった。
 …たしか、あそこからまた頂上に向かうことが出来るはずだ。
 重い体を引きずりながら、前へと進む。木々が体に触れるが避ける気力も無い。ただひたすらサイラスを探して、山の隅々まで歩き回る。

 山から下りる気力もなく、ただ親友の影を追って三日が過ぎた。
 サイラスが死ぬはずない。
 きっとどこかで生きているはずだ。
 …その願いだけが僕を動かしていた。

 魔物に出会うことがなかったのが唯一の幸いだった。
 早くサイラスを見つけて、城に帰ろう。
 山の岩壁と、木々の葉がただ僕を囲んでいた。

 光が頂上までのぼった。
 僕はまだ歩いていた。
 空腹がまた足に響いて、僕の動きを止めた。
 心のどこかで誰かが叫んでいるのが聞こえる。だが僕はそれを否定する。アイツが魔王なんかに負けるわけない。アイツは強いんだ。僕なんかよりも、ずっとずっと…。

 見覚えのある場所に近づいているのが分かった。
 あの悪夢が繰り広げられた場所。
 僕は辺りを見回して、サイラスがいないかを確認して歩いた。

 前をふさぐ枝をおさえ、頭をあげた。
 遠くには、水の音が響いていた。
 「それ」を囲むように立っている木、木。そして茶色い地面。
 「それ」は僕にこう告げるかのように、そこにころがっていた。



 サイラスは負けた。



 僕の右手に握られているバッチが急に冷たくなった気がした。少しずつ、「それ」に近づいていく。
 木々が冷たく見つめている感じがした。水の音が遠い。
 僕は力を無くし、崩れ落ちた。横で「それ」が黙っている。
 僕はもう一度泣いた。
 隣には欠けたグランドリオンの柄がころがっていた。


 サイラスはもう…。


 絶望に体をつき抜かれたようだった。
 森はそれでも黙ったままで、水の音が聞こえた。
 そして、眩しいくらいの青空に、僕の声だけがとけていった。


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