4、迷い


 「お化けカエル」の森は、いつものように俺のそばにいた。
 風が吹いて、樹木がざわめきかける。

 「…リーネ…王妃…。」
 森はいつもと変わらなかった。そして、王妃様もまた、変わらぬ姿でそこに立っていた。
 違っていたのは、その二つが組み合わさっていた事。
 リーネ王妃はまっすぐに俺を見つめていた。
 変わり果てた俺には、その瞳がやけにまぶしくて、つい、目をそらしてしまった。再び背中に隠れたその人に、醜い俺はそっと話しかけた。
 「…一国の王妃たる貴女が、私のような下々の者に何の用です。」
 鳥が飛んでいく。
 「いいえ。貴方は私の命の恩人です。」
 俺は右手に持っていた剣を、さらに強く握った。懐にいれた勇者バッチがやけに重く感じる。背中に響く、その人のぬくもり。
 「…あなたの、お名前は…?」
 瞬間、何も考える事ができなくなっていた。
 そして冷たい風に目を覚まされた俺は、こう答えた。
 「卑しい私などに名などありません。…人は、私をカエルと呼びます。」
 王妃様は一息をついて、俺の背中にこう答えた。
 「…では、カエルと呼ぶことを許してください。…カエル。」
 俺は目をつぶった。
 「貴方の武勇伝は私の城まで届いております。」
 はっとして、俺は振りかえった。
 「人々を救って頂いて、本当にありがとう。」
 王妃様の目は、相変わらず俺をしっかりと捕らえていた。
 「その剣、国のために生かす気はありませんか?」


 岩肌が、俺を見下している。
 この3年間、暮らしていたこの穴を、俺は少しでも前の暮らしに近づけたくて、さまざまなものを作った。ベッド、タンス、テーブル、イス…。ただ、俺の姿だけは何があっても元に戻る事はなかった。
 森は俺をあざ笑うかのようにざわめいている。
 「その剣、国のために生かす気はありませんか?」
 王妃様の言葉を思い出して、俺はベッドに倒れこんだ。…目をつぶると、さっきまでの王妃様がありありと浮かんでくる。
 「…私の城には、二人の剣士がおりました。一人はあなたも知っているでしょう、誇り高き勇者サイラス。…もう一人は、それを慕って共に旅をするグレンという若者でした…。」
 「グレン」という単語に反応して、俺は目をあける。
 あいかわらず、土臭い臭いだけが周りにあった。
 「私は2日間だけあの町にいます。お返事は、それまでに…。」


 騎士に戻れる?
 …人として、剣を振るうことができる?
 これは願ってもないチャンスだ。
 …そうだと、わかっている。…だが。


 岩肌に悪夢のようなあの出来事が甦ってきた。
 時すら俺を見捨て、あの悪夢を終わらせてはくれない。


 ―――怖い!!


 そうさ俺は怖いんだ。
 あの悪夢を再び味わうのが。そして今度は俺がサイラスのようになるのが…!!

 …その日は、そのまま眠ってしまっていた。
 目に見えて困っている人達を見捨てる事はできない。だが俺は卑怯者なんだ。あの日、サイラスを救うことすらできなかった臆病者なんだ。


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