5、回帰


 空は相変わらず透き通っていた。
 あの方がこの美しい空だとすると、サイラスが風で…俺は地べたに這いつくばったカエルそのものだな。
 木の根は、こんな俺の枕になってくれている。
 ふと葉が一枚落ちてきた。風に流され、ゆっくりと俺のそばから離れていく。…どうやら、森にさえも見捨てられたらしい。
 「おくびょうもの。」
 俺はその声に驚いて起きあがった。目の前には、青くて丸い生き物。
 「…なんだ、お前か。」
 「ヌゥ。」
 この変な生き物は、この森に生息しているモノだ。…生体はよくわからない。青い体、長い手、短い足に、立った髪。
 「おくびょうもの、オマエ。」
 「うるせえ!」
 …どうやら、言葉が話せるらしい。
 「オウヒもまもらないオマエ、おくびょうもの。あのケンおまえのちがう。」

 日が沈みかけていた。
 俺はまだ、その場所に寝転んでいた。
 懐にしまった勇者バッチを、橙になってしまった光に照らす。
 「…。」
 森の色が光に染まる。
 「さてと、戻るか…。」
 俺はあの穴へと戻ることにして立ちあがった。

 「―――!?―――」
 いつもの穴。草の裏にあるその場所が見えたとき、俺は同時にあるモノを見つけてしまった。
 それは親友の形見、グランドリオンの柄。
 「…どうしてこんなところに…。」
 あの生き物が持ち出したのかもしれない。そう思って、俺はそれを拾った。…ずしりと、それは俺の手に重くのしかかってきた。
 「…サイラス…。お前も、俺を臆病者だと言っているのか…?」
 剣は黙ったままだった。

 二日目。
 話によると王妃様は正午にあの町をお出になられるという。
 日はもう頭の上まできていたが、俺はまだ、森にいた。
 正直、まだ迷っていた。
 昨日いた木の根元で、俺はまた横たわる。
 「オマエ、イミない、イミない。」
 俺は倒した体を再び起こした。…目の前には、昨日と同じく、青い生き物が立っていた。まるで俺の迷いを払うかのように。
 「…」
 まさにその時だった。
 「きゃあぁぁぁぁっ!!!」
 「―――!王妃様!!!!!」
 俺はその声に反応すると同時に、走り出していた。

 俺は何の為に戦っていた?
 木の間を走りながら、俺に問いかける。
 サイラスと彼女を守るため。
 ・・・
 なんてこった。俺はどっちも守っていないじゃないか。

 木の壁が開いて、俺に光を見せた。と、同時に剣を抜く。
 「お待ちしておりました。」
 そして、そこには輝かしい貴女がいる。俺は顔を見る事ができない。
 「…魔物が現れたのでは?」
 「さあ。私はあなたを呼ぼうとしただけですわ。」
 「…。」
 この前とは違う、暖かい風が吹いた。まるで喜ぶかのように木が動く。
 「貴女はもうお城へお戻りになられるはずでは?」
 「ええ…。そうしようと思いましたら、お付きの従者がいなくなってしまって…。やはり、キチンとした用心棒が必要ですわね。」
 森の中で彼女が微笑んだ。
 そう、俺はこの方にまだ何もしていない。
 「そんな付け焼刃のようなものをお付けにお出かけなさるより、私をお傍にお付け下されば、その必要はありません。」
 俺は彼女の前にひざまづいた。
 「ええ…本当ね…。」
 俺に戦う理由ができた。
 これからサイラスのために、俺が何をすべきなのがまだ見当もつかないが、俺はようやく今、スタートラインに立てた気がした。

 ガルディア城の重々しい扉がゆっくりと開いていく。
 俺は、帰ってきた。
 そして、別の道を歩き出した。
 「カエル」という新しい名で。


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