失った時間はいったいどうなってしまうのだろう。
 いま、俺は新しい時間の中を歩いている。
 過ぎ去ってしまった時間は、どうしたら忘れ去ることができるのだろう。

 俺は暗闇を歩いている。アノ人と本当の俺が、亡霊となってその後ろから追いかけてくる。俺は彼らから逃げるべきなのか。この暗闇の中を一人で歩くべきなのか。それとも本当の俺から、逃げるべきなのか。

 ひとつだけ、光がある。俺にはまだ失っていないものが、ひとつだけ残っている。だがその光に近づくことはできても、触れることはできない。触れることなぞ許されない。俺の中だけの光。


 ガルディア城の重い重い扉から、俺は離れることができない。光―――いやリーネ王妃―――を守るために、俺は自ら手錠をかけて外の世界を切り離した。いや、逃げたといった方が賢明だろう。なぜなら、俺の時計はあの日から止まったままだからだ。
 俺は弱虫だ。卑怯者だ。弱虫―――グレン―――なんだ。
 もう何も失いたくない。失ってたまるものか。

 俺は暗闇の中を歩いている。アノ人―――サイラス―――と本当の俺「弱虫グレン」が、そこにいる。暗闇から逃げ出すことなぞ、できるものか。俺は俺。カエルはグレンなのだ。もう何も失いたくない。俺には無理なんだ。魔王が、巨大すぎる敵だったなんて知らなかったんだ。サイラスが負けるなんて思わなかったんだ。
 ただの弱虫である俺に、何ができるというんだ。サイラスが、できなかったのに。


 失った時間はどうしたら忘れることができるのだろう。
 サイラスとの時間―――なにもかも―――が、俺を今でも苦しめている。
 過去を忘れることができれば、きっと俺は―――カエルは―――楽になるだろう。
 だが。

 失ったグレンの時間は、これからどうなってしまうのだろう。
 グレンの未来は。グレンであった過去は。グレンの今は。

 俺は今、カエルだ。カエルはグレンだ。だが光の前では、ただのカエルだ。
 光が―――リーネ王妃が―――グレンを照らす日なぞ、もう来ない。
 どうすればグレンを忘れることができるというんだ。
 グレンは俺なのに。
 俺は今、グレンではないのだ。


 いっそのこと、すべてを光の前に打ち明けるというのはどうか。いや、そんなことはできない。…俺がすべてを認めたことになる。そして、こう言われるに違いない。
 「サイラスの後を追うのだ。」と。
 そんな恐ろしいこと、おれにはできない。
 「死」が怖い。
 「死」が恐ろしい。
 だがこのままでも、グレンは「死」んでしまっているのだ。

 過ぎ去ってしまった時間はどうしたら忘れることができるのだろう。
 俺がグレンを捨て去るにはどうしたらいいのだろう。

 グレン―――あの日々―――を思い出さなかった日なぞ、
今だって一日とて無い。


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