8、謁見


 その後、城内を見回ってみたりもしたが「殺気」は見当たらなかった。俺の、気のせいだったのだろうか。次第にそんな気になってくる。だが、王妃様が狙われている可能性がある以上、手を抜くことは許されない。絶対に。

 すべての兵士たちを集めてしまうと、城の警護が手薄になる。よって、兵士たちの謁見はいくつかのグループに分かれて行うこととなった。
 俺や騎士団長は常に王のお側につき、いざというときのために備えておく。ふと、王妃様が俺に向かって申し訳なさそうなお顔をされたので、俺はそれに笑顔で答えた。
 王に忠誠を誓った騎士たちは、意見を述べることなく去っていく。
 少し、サイラスを思い出していた。
 数年前サイラスもまた、こうして王のお側によって忠誠を誓っていたのだろう。
 いまだ胸の中に眠っている勇者バッチが、重くなったような気がした。もし、両陛下が俺の本当の姿を知ったのなら、どうするだろう。敵前逃亡した卑怯者と言ってののしるだろうか。

 ふと、「殺気」に近い荒々しい「気迫」を感じてはっとした。
 見ると、若い数人の兵士たちが王に何かを言ったようだった。
 「王、お願い申し上げます。我々はもう…」
 「ふーむ。しかしなぁ。」
 全員が顔を上げ、俺をにらみつけた。一体なんなのだ。
 「たかがカエルごときが、王妃様の警護をするのに我慢できませぬ。」
 「リーネの強い希望なのだ。カエルは…。」
 たかがカエル、か。
 手が震えはじめた。
 「あのような醜い者が王妃様のお側にいるというのは…。」
 俺は彼らにも王妃様にも顔を向けられなくなっていた。目を背けることしかできなかった。
 確かに、彼らの言うことをわからないでもない。正体も分からないカエル男が突然やってきて王妃様の警護のすべてを与えられたのだ。長年勤めてきた兵士たちにとって不満にならんわけがない。
 王妃様がどんなお気持ちで俺を城に招いたのか、見当もつかない。
 どうして俺を。こんな事態になることだって予想はついたはずだ。
 どうして俺を。
 「どうか、どうかお願い申し上げます。」
 騎士団長が横目で俺を見た。彼もきっと同じ気持ちでそこに立っているのだろう。自分と同じ立場にいるカエル男に、不満を感じているのだろう。
 わかっているさ。
 「陛下!」
 「陛下!!」
 若い兵士たちが返答を求めている。今すぐにでも、ここから出て行きたい気分だった。だが「役目」を放棄するなんて許されないことだ。返答も、陛下がお出しになられること。俺は、目を背けたままだった。その時。
 「…わかりました。しかしそれは、カエルに仕事を与えた私の責任。みなの不満を予測できなかった責任を私がとりましょう。」
 「リーネ!」
 「王妃様!!」
 きっと、誰よりも俺が驚いていただろう。リーネ王妃ともあろうお方がたった一人のカエル男のために責任をとるとおっしゃったのだ。俺は背けていた目を表に上げた。王妃様の凛々しいお姿は俺にはまぶしすぎた。
 「我々はそんな…」
 「どうすれば許していただけるのでしょうか。」
 王が困ったお顔をされている。俺もまたどうしたらいいものか…困り果てていた。リーネ王妃はまったく動じていないようだ。
 「カエルは警備兵である前に私の友人です。…どうすれば、よろしいのかしら。」

 友人。
 まさか王妃様のお口からそんな言葉が出るとは。

 「おお、そうだ。」
 王が何かを思いつかれたようで、手を軽く叩いた。
 「カエルにどれくらいの力量があるのか、分かればよいのだろう。騎士として正々堂々、戦ってみればよいではないか。」


 決闘は3日後と決まった。
 その後も、謁見する兵士たちの中には俺のことに触れていく奴が多数いた。その誰もが3日後の決闘の話を聞くとおとなしく引き下がっていく。王妃様が時たま俺の顔を見ているような気がした。だが俺はその視線に答えることができなかった。
 「友人」という言葉は、俺には重荷すぎている。

 すべての謁見が終わった。
 俺は自分の腕を磨かなければならない。
 自分のためではなく、王妃様のために。
 あのお方に恥をかかせないように。あのお方のお言葉が正しくあるように。


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