9、前夜 まばゆい星空が俺を見ている。月も愚かな俺を笑っているに違いない。 ガルディア城の外壁の上で剣を眺めていた。森にいたときからずっと力を貸してくれている相棒だ。冷たい風が吹き抜けて、俺の体を冷やしていく。マントで体を包みなおすと、再び剣を見つめた。 このままではダメだ。今までの戦い方では。 公表はされていないが…対戦相手はわかっている。団長だ。中途半端な実力の奴ではその任務を果たせない。そして危険が、待っている。 俺は相棒を月に照らした。 できるのだろうか。サイラスではない俺の力で。 もう1度風が吹いて、木々の揺れる音がした。目を閉じてその風を受け止める。 「カエル。」 不意をつかれて、俺は目をあけた。 振り向くと、そこにはガウンを羽織ったリーネ王妃のお姿があった。部屋着姿のままだ。風に吹かれて、寒そうに手を縮こませておられる。 これはいかんと、すぐに俺は近づいて「汚らしい布で申し訳ありません。」と断りをいれてから、自分のマントをかけた。 「ありがとう。」 王妃様が微笑んだので俺も笑顔を返す。 …沈黙。 木々の揺れる音が通り抜ける。俺も王妃様も月夜の景色に魅入られていた。虫の声がする。 「私を、恨んでいるのでしょうカエル。」 先に口を開いたのはリーネ王妃。その台詞に俺はすぐ答えた。 「いいえ。感謝こそすれ、恨むなど…。」 また1度、風。 「しかし。」 しかし、俺は今グレンではなく、カエル。 「なぜ、私のような者を友とおっしゃったのですか。」 リーネ王妃は俺の返答を予測していたようで、そのままお顔を外に向けたまま微笑んでおられた。 「私…。なぜだかあなたとお話しているとはじめて会ったような気がしないのです。」 俺は目を細めて、空を見上げた。リーネ王妃も外を向いたまま。お互い顔をあわせぬまま。 「前にもお話しましたね。勇者サイラスと、その友人グレンのことを…。あなたとお話をしていると、グレンとお話しているような…そんな気になるのです。」 「王妃様…。」 もう、もうサイラスはいないのです。 「二人は、今どこで何をしているのでしょうか。きっと魔物との戦いで辛い思いをしているのでしょうね。」 王妃様がお辛そうなお顔をしている。 だが、俺はその言葉に答えることができなかった。話をしたら、すべてを認めたことになる。そんな気がした。星を見ていると、そのうちサイラスが声をかけてくるのではと。 「私を、ワガママな女だと思いますか?」 王妃様が俺のほうを向く。 「…私には、答えることができませぬ。」 俺はそのまま目を閉じて、下を向くことしかできなかった。 また、風。 「ここは冷えます。そろそろお部屋にお戻りになられた方がよろしいかと。」 「…そうね。」 木々が揺れている。月が見ている。 「カエル。」 「はい。」 「頑張ってください…そして、お気をつけて。」 「はい。」 いつもの王妃様の台詞。 暗い城内は何が潜んでいるかわからない。昼間のこともあって、俺は厳重に注意しながらリーネ王妃をお部屋までお連れした。 …いや、俺を狙っているのかもしれない。あの「殺気」は。 その緊張をとくように、王妃様がおっしゃった。 「そういえば私、あなたが戦う姿を見るのははじめてだわ。きっとその…個性的な姿を生かして戦うのでしょうね。」 「…そんなこと…。」 俺ははっとして、王妃様に顔を向けた。 「?どうしました?」 「あ、いえ。」 姿を生かす、か。 お部屋に着くと、何も潜んでいないことを確認してから王妃様を中にお入れした。入る前に王妃様は「おやすみなさい。」と俺にお声をかけてくださった。 「失礼します。」 ドアを閉じた後、俺はさっきの言葉を繰り返した。 姿を生かす。 そうか、そのすべを考えればいいんだ。 俺は忘れないうちに、その言葉を繰り返した。 「がんばってね…グレン。」 だから、扉の向こうで王妃様が何をおっしゃったのか、わからなかった。 次のページへ |