10、決闘


 その日は朝から雲ひとつない空が広がっていた。
 震えが夜からずっと止まらなかった。俺にできるのか、サイラス。何度もそう呟いたが返事がくることはなかった。

 決闘は、両陛下の御前で行う。一歩一歩かみしめながら、その場へと向かう。
 リーネ王妃に素晴らしいヒントをいただいたはずなのに。一夜で決定的な技が生まれるはずもなく、俺はすっかり気落ちしてしまっていた。ちくしょう。なさけねぇ。
 前を見ると、対戦相手がすでに俺を待っていた。
 やはり、団長か。
 目が合うと、俺に笑いかけてきた。
 赤じゅうたんの上を少しずつ歩いていく。相棒が、手に汗を作らせる。剣が手元から滑り落ちないように、強く握った。向かう先が輝いて目に映る。とてもまぶしい。まぶしすぎて気が遠くなりそうだ。サイラスはいつもこの光景を見ていたのか。…そう思うと、更に弱気になっていった。

 だが、負けるわけにはいかない。
 騎士団長の座が欲しいわけではない。むしろ、俺にはそんな大役ゴメンだ。
 だが負けるわけにはいかない。
 …あのお方のために。

 「カエル野郎がきた。」
 「ようやくアイツの力が分かる。」
 「だが騎士団長にかなうわけがない。」
 赤じゅうたんの上の会話。
 そうさ。そうだわかってる。俺なんかが、かなうわけない。

 その殺気立つ室内で、俺は深呼吸をした。やがて冷静に。心が平らになってくる。落ち着け。落ち着いて、広く広く見るんだ。全体で、モノを見るんだ。やがてすべてが見えるようになってくる。
 団長が目前で構えていた。俺はそれと向かい合い、やがて熱気に包まれていく。
 俺も、剣を相手に向けた。
 まずお互いの顔を見てから、笑った。剣先から写るその瞳に好奇心がこもっている。彼もこの戦いを望んでいたのだ。剣士なら、いや「武」に通じる者なら誰もが思うはずだ。無論、俺だって。「強い者と戦ってみたい」と。
 手が震えて、剣を下ろした。
 団長の顔が緩み、こちらにあわせて剣を下ろす。
 場がゆるんだ。

 王妃様のお顔を見ようとして、やめた。ますます弱気になってしまうだろう。俺は、下を向いて赤じゅうたんを見た。この大衆に己の醜い姿をさらしている。
 まるで道化だ。
 だが俺は、武人だ。

 「互いに、礼!」

 審判が叫んだ。そして、一礼。一同がいっせいに静まる。ゆっくりと流れるように、団長が再び構えた。いよいよはじまってしまう。
 怖い。
 たまらなく怖い。
 もう弱虫グレンではないはずなのに、手が震える。汗が出る。体が固まる。

 弱虫グレンに飲み込まれるのを恐れて、俺はまた目を閉じた。そして剣先を相手に向けて、目をあけた。
 呼吸。深くする。
 驚くほど、落ち着いた。
 剣と剣の呼吸。

 …殺気だ。殺気がする。
 にぎやかだった室内が音のない世界になる。誰もが緊張をしていた。城中がつばを飲み込んでこの決闘を見守っていた。
 「かなうわけがない。」
 誰もがそう思っている。俺も、だ。

 殺気。殺気がする。どこに?
 審判の腕がゆっくりと、その頭上に上って…下ろされた。

 …殺気がする!



 「はじめ!!!」


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