番 外 編 (三)

「東海道歩き」の大勢の仲間

平成20年8月6日(土)

「東海道五十三次」を歩き終わって、その後このHPをUPしたお蔭で知り合った方が大勢いらっしゃる。

横浜のTさん、同じくTさん(今は熊本在住)、大阪のYさん、奈良のTさん、掛川のKさん。
オフ会をしてよく飲みました。

なにしろ奈良のTさんなど、わざわざこちら開催時(於:横浜・東京)に東海道を歩いて出てくるんだからすごい。
(歩いて、は冗談。)

そして静岡の「てくてく」さん、現在江戸日本橋を目指している美濃の「かもかも」さんともブログ上で知り合った。

その「かもかも」さんが平成20年8月6日(土)、箱根湯本から小田原宿に向かって歩いてくる!

というわけで、上の写真「小田原宿なりわい交流館」で、12時に待ち合わせすることにした。


この「小田原宿なりわい交流館」は、昭和七年(1932)に建設された旧網問屋を再整備し、
市民や観光客の「憩いの場」として、平成十三(2001)年九月に開館した。

江戸開府四百年の平成14年(2002)年を期して、その前年頃から旧東海道に面する自治体が一斉にこのような事業を始めた。


誰でも立ち寄れる「お休み処」になっていて、湯茶が無料で提供されている。

今は各宿場ごとにこういった休憩所や案内板、いろいろ整ったようだが、
私が歩いた頃は休憩所など、ほとんど無かった。


そして、約束の30分ほど前、「かもかも」さん到着。
「初めまして。」「こんにちは、お疲れ様!」

なにしろ当日は9月と言うのに30度を越える暑さ!
その中を彼は歩いてきました。


時間が時間だし、昼を食べましょう。
小田原と言ったら、ここ明治26年(1893)創業の老舗「だるま」。
正面玄関は、登録有形文化財指定の唐破風入母屋造りになってます。


この天丼が有名なんだが、最近本当に海老が小さくなりました。悲しい。

「東海道歩き」の苦労話に花が咲きました。


小田原と言えば、「小田原城」


「かもかも」さんご本人の要望で“目隠し”


日本橋まで残るは、大磯・平塚・藤沢・戸塚・保土ヶ谷・神奈川・川崎・品川の八宿だ。
年内に日本橋に到着の予定だという。
次回は平塚宿、花水川を渡ったところの「京方見付」でお出迎えの予定。

鰻が好きなんだそうで、次回は平塚の鰻屋を予定している。
但し注文を受けてからさばくので、出来上がるまで1時間かかる店だ。

まあ、その間、再び「東海道歩きの苦労話」に花が咲くナー。

そして「かもかも」さんから写真が届きました。

「昨日はお出迎えしていただきまして、さらにご馳走までしていただきまして、ありがとうございました。
帰りの電車はなぜか猛烈な混雑ぶりで、とても寝れるような状態ではなかったです。
3匹も海老がのった天丼は初めて食べました。
なんといっても名古屋文化圏に住むものとしましては海老は贅沢品ですから。
家に帰って計測したら、小田原〜平塚間は20kmちょっとあるようで、一般人なら一日で歩ける距離ですが、
普段15km/日程度しか歩かない僕が一日で行けるかどうか分かりませんので、
平塚に着くのは次々回になるかもしれません。
再度計画を練り直してご連絡差し上げます。」


「東海道平塚宿旅籠 秋の夕食膳」に続く


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