(2)ソクラテス様…「無知の知」「汝(なんじ)自身を知れ!」
古代アテネで紀元前469年に生まれ,アテネを愛し,紀元前399年にアテネで毒杯を飲まされ死す。
彼は「無知の知」の大切さを生涯かけて人々に説いてまわった。人間は,いろいろの経験をしたり,学問をしたり,情報を集めたりして,沢山のことを知る。しかし,この大宇宙の真理から比べると人間一人の知識などたかがしれたものである。少しのことを知ったからといって,あたかも自分はこの世のほとんどを知ったかのごとく,錯覚(さっかく)してしまっては,それこそ大変である。ここの所をソクラテス様は「無知の知」,すなわち「自分が知っていることなど,大宇宙の大きな大きな海原(うなばら)に比べると,チリのようなもの,いやほとんど無いに等しいものである。」と認識できる心が大切なのですよ,と教えられているように思える。多くの動植物に生かされている人間は,謙虚に生きていかなくては,とソクラテス様の言葉が教えてくれているようです。そこで,「無知の知」とは,「謙虚な心」と置き換えて考えるようにしています。
又,ソクラテス様は,デルフォイ神殿に刻み込まれている「Know thyself!」(ノウ,ゼイセルフ)という言葉も大切にされていました。日本語にしますと,「汝自身を知れ!」「あなた自身をよく知りなさいよ」という意味でしょうか。「自分自身を知る」ということは簡単なようで,実は困難なことではないでしょうか。鏡に映った自分,文章を書いた自分,毎日生活している自分……果たして真の自分は一体どれでしょうか。実際の自分,真実の自分,これを発見できたらほんとうにすばらしいものですね。他人はよく見ることができるが,自分自身は案外見えないものです。自分自身を客観的に,自分から離れて見ることは大変困難なことです。自分自身に近づく道はほんとうに遠い遠い道程(みちのり)なのかもしれません。しかし,案外「素直(すなお)」に「謙虚(けんきょ)」になれば自分自身が観(み)えてくるのではないでしょうか。自分の発言や言葉,文章,行動,考え,心の持ち方,……等から,自分自身を発見できるかも知れません。私の場合は,「自分の行動によって,自分自身を知る」ようにしております。
“ある人は,知らないのに何か知っているように思っているが,私は知らないから,そのとおりまた,知らないと思っている。つまり,私は知らないことは知らないと思う”(ソクラテス)