いのちの不思議     北島 健司

 はじめて投稿させていただきます。
 一人暮らしをしていた時の事なんですが,ある日ふと,「ゴキブリにもスタミナはあるのだろうか。」と考えました。ひまだったんですね。それで,とことん追いかけ回して,スタミナ切れになるのを見てみる事にしました。さっそく部屋にいたやつを物陰に逃がさぬよう追いかけ続けると,数分で動きがヨタヨタしてきました。期待通りの結果に嬉しくなり,「しめしめ,あと一歩だ」と思ったその時,なんとそいつは,私の顔目がけまっすぐに飛んできたのです。
 その時の驚きは今も忘れられません。あれはよくいう「動物の本能」などというものとはちがう,何か「大いなる力」によって戒められた気がします。みんな精一杯生きているんだから大事にしてやらなくちゃね。

夜型人間           姫田 和幸

 現在23時,パソコンに向かって原稿を書いています。
 この時間はもっとも,ごぞごぞとし易い。
 学生時代この時間にレポートや卒論を書いていた。
 昼間は,気持ちだけがあせって結局何も出来ない,もしくは効率の悪い動きをしている。
 どうも,こういう夜型人間は,少々まずいのではないかと感じ初めた。
 よく書籍に,早朝から出社し仕事をすることが,効率よく仕事が出来ると書かれている。
 朝が弱い私は,深夜こころみて,朝には挫折する。
 本当にそうなのかはわからないが,新年度が始まるので。
   目標,せめて,三日坊主。

蓮華の花               幸治 泰代

 長女がインフルエンザや水ボウソウで長〜い事,学校を休んでいた時,同級生のお友達2人が,お見舞いに来てくれました。お手紙と石と折り紙そして蓮華の花を摘んでラッピングして。
 親の方がじーんとしました。

宗教と幸せ        小林 金吾

 希代の盗賊で浄瑠璃や歌舞伎の演題としてとりあげられた,石川五衛門の処刑どきの句とされている「浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」との辞世じゃあるまいが,いつの世でも宗教の教えは尽きることなくこの教えこそ真実の教えで一家の家族の幸せと色々と信仰への誘いは多々あるがどの教えが至福に正しい教えか誰にも解らないだろう。如何に立派な教えであろうとも,科学的理論で説明しても情報の入手や聴聞だけでは幸せになれるものではない。
 宗教は自分の心直しである聴聞に対する判断に自己の受け取り方や,考え方などと真実の体験と周囲の調和などで至福繁栄となるのであり,体験や真行(マコトノオコナイ)実践して幸せに到達するのであります。敬神崇租との言葉は萬人は承知のことであるが,知っただけでは幸せではない。はたして言葉を正しく判断して実践体験真行なくて論言知らずであります。

                  合 掌
             結 果 子 勝 豊