きもち    hana♪ 出越 恵子

おいっ!美化しすぎっ!と言う声が聞こえてきそうですが。
耳をふさいでっヽ(○´∀`)ノ
ちょっと練習してました!
これ,hanaの皆さんへのきもち。
ありがとう♪だいすきっ(*/ω\*) きゃっきゃっ
このコトバ伝えたい♪(*/ω\*) きゃっきゃっ
hanaの王子様はいつ迎えにくるんだろう。。。 (o・ω・o?)
アヒャヒャ。゚(゚ノ∀`。゚(゚ノ∀ヽ゚)゚。´∀ヽ゚)゚。ヒャヒャ
果報は寝て待て(o・ω・o?)

そうそう(*'ー'*人*'ー'*川スリスリ♪
似顔絵が届いた♪と喜びメールと電話を頂きましたっ(*'ー'*人*'ー'*川スリスリ♪
よろこんでもらえてhanaの方がうれしくなるのであるっ(*/ω\*) きゃっきゃっ
やっぱり♪
ありがとう♪だいすきっ(*/ω\*)きゃっきゃっって感じですよぉ〜〜〜(*'ー'*人*'ー'*川スリスリ♪

ふる里,日本    松林 幸二郎

 私たちはこの秋に里帰りする機会を得ました。個人差は勿論ありましょうが,異国に住む日本人は,その土地と文化に馴染み,私たちがスイス人化していくと同時に,祖国にたいしての郷愁が年ごと深まっていくように思えます。大きく変わりゆく日本ですが,私たち旅人を迎え,もてなしてくださる旧友や,初めて知り合った日本人の優しさと親切にはいつも感動させられます。
 里帰り中の限られた時間で,会える旧友や親戚の数はごく限られてきますから,お訪ねするのは熱心に招いてくださる友のみで,それでも何人かはお断りしなければならないのは残念でもあります。また,多忙なスレジュールをぬって私たち夫婦のために時間を作って夕食に招いてくださる人のなかに元スイス大使の國松孝次ご夫妻がいます。帰国されて,スイス在任中,重要性に気づかれたスイスのヘリコプターによる急患搬送のシステム(REGA)を,日本にも導入したいと奔走されているほか,多くのNPO団体にも乞われて奉仕されて,在職中より忙しくなったと奥様を嘆かせていますが,小柄で背筋をのばした美しい姿勢はスイス在任時と全く変わっておられません。
 北朝鮮に拉致された同胞や,横田めぐみさんのご両親らを献身的に支える“ブルーリボンの祈りの会”のリーダー達に新宿で翌日会談する予定を告げると,話題が拉致問題にもおよびました。國松さんは,幾度も“横田さんの凛として,かつ毅然とした姿に深い感動を覚えています。”といわれました。私は事件を機に横田早紀江さんが,キリスト者となった経過と,彼女の凛々しい姿勢の背後にあるものと,絶望せず希望をもって生きているその源について説明させていただきました。めぐみさんが,もし北朝鮮に拉致されなかったら,平凡なサラリーマンの妻で終わっていたかも知れなかった横田さんの人生ですが,横田さんが30年という想像を絶する長い辛い期間に,一人の人間として母として妻としてどう生きてこられ,どれだけ大きな証をしてこられたか,國松さんのことばを通じて知らされ,感銘をうけたものでした。
 その3日後,日航機で成田を発ち,アムステルダム経由で2時間遅れで無事帰瑞いたしまた。日本では20度位で暖かな過ごしやすい気候でしたから,(金曜日も東京の新宿御苑では戸外でコーヒーを楽しむ事ができました。)スイスの寒さと嵐にはショックでした。零下近くなっているであろう我が家に帰るのには流石に勇気を必要としましたが,空港には末娘ナタリアが迎えに来ていてくれて,次女サマラとともに,冷蔵庫には当座の食料を入れ,せめて一室だけは過ごしやすいようにと,電気ヒーターを入れ,ボイラーのスイッチも入れておいてくれたことを知って,寒さと白い世界に娘達の暖かな心根に深く感動したものでした。

健康で長生き      芝山 靖二

 私は以前,“肉体は鍛えれば鍛えるほど良い。それも強ければ強いほど良い。”と思っていた。
 それがそうでもないようである。若いいうちはまだ良いが,ある程度の歳になると激しい運動は活性酸素が体内に発生し,かえって健康に良くないそうである。
 相撲,プロレス等の選手が統計的に長生きでないことは分かるが,マラソン,体操,水泳の選手等も一般の人に比べて長生きであるとは言えない。
 統計的に長生きと言えるのは,スポーツと関係ない。お坊さん,画家,落語家等だそうである。
 スポーツはむしろ不健康なもので,やるなら早死に覚悟でやるべきだ。との意見もある。
 健全に健康になりたいなら,スポーツよりも,フイットネス,例えばヨガ,ピラティス,ウォーキング,あるいは太極拳。肉体とともに精神もチューニングすることが大切。
 欲しいのは,戦ったり競ったりする体ではなく,心地よく長生きできるからだです。ようするに,歳をとれば「適度な運動」が大切である。

私のオーディオファイル 1  月岡 功

 私がオーディオと出会ったのが高校一年のとき,親父が高校にはいればステレオを買ってくれると言うので,さいしょは今は無きダイエーの最上階にあるオーディオ売り場に行ったのが最初でした。総額15万以内で,国産のアンプ,スピーカ,プレーヤを選んで見積してもらったのをおぼえています。それから何日かして別のオーディオショップ(今は無きオーディオ7)に行きJBLを聞いたときに,なんていい音なんだろうと衝撃をうけたのを覚えています。ここではD130を国産箱に入れて鳴らしていました。一度いい音を聞くとオーディオマニアは前には戻れないのがあたりまえです。でも値段を聞くと国産とはくらべものにならないほど高いものでした。総額15万,これでは,とてもじゃないけど予算が足りません。でもほしい。
 最低でもアンプとスピーカとプレーヤがなければ音はなりません。最後に考えたのが箱を自作して,スピーカユニットだけを買い,アンプとプレーヤは一番安いのを買うという手でした。それでも15万を少しオーバーしたのをおぼえています。何とか3つを買ってもらえたのですが箱がなくてはスピーカは鳴りません。ベニヤとのこぎりを自分のこづかいで買ってきて,それから悪戦苦闘の毎日,ベニヤは25mmもあるのでなかなか切れません。それもまた設計では2重張りの50mmにしたのでたいへんです。いまから思えば50mmにしたのは失敗で板を厚くすればいいというものではなく,逆に響きがなくなってしまいます。スピーカの箱はある意味では楽器と同じでうまく鳴らしてやる,というのがいいみたいです。事実いい箱はギターと同じように三角形に補強をいれているのが見えます。それから中にグラスウールをいれて(チクチクしながら)止めていきます。最後にバッフル板を木ねじでとめて箱の完成です。この後最大のヤマ場のスピーカD130の取り付けです。ねじ8本で止めるのですがなんとねじをスピーカの中に落としてしまい,センターキャップが少しへこんでしまい,ショック。あ〜あやってもた,というかんじでした。新車をぶつけたときのあのかんじと同じです。
 それでもなんとか終えて音だしをしたときの喜びは今でも忘れません。いまでもオーディオの趣味はつづいています。あしかけ32年これだけ長くつづいているのはこれだけです。 Mone.t