愛は孤立させない   石渡 路子

 中国四川省の大地震で多数の被害者が出たというニュースを聞き,本当に悲しくなりました。生死を分けるものは,一体何なのだろうかと考えさせられます。
 今回の地震では,石造りの家や建物が崩壊し,がれきの下敷きになったり,閉じ込められてしまったケースが多いようです。救出が72時間を超えると生存率は急激に低くなると言われています。
 賀晨曦さんは102時間ぶりに救出されました。彼女は銀行の建物のがれきの中で生き埋めになっていましたが,三日目に発見されました。その後の救出作業中,ずっと一人の男性が声を掛け続けていたのです。この男性が賀さんと交際中の鄭広明さんでした。あって欲しくない災害でしたが,二人にとって決して忘れることができない時となったことでしょう。賀さんを孤立させなかった鄭さんの愛がこの奇跡を生んだのだと,私は感動しました。

「愛はすべてを完全に結ぶ帯です」
          コロサイ人への手紙3:14

点花中?      西山 欣子

 今日は朝から晩まで頭痛くて,さっさと寝ようかと思いつつ,ペンを動かしていると,こんな感じに・・・。


 いったい何が描きたかったのかよくわからんのですが,せっかくなのでアップしときます。
 春らんまん・・・。
 私の頭とココロにもちょいと点花してくれんですかね〜。(2008.04.15 00:16:37)

〔コメント〕なみがしらMさん(2008.04.15)
     点花?
     すばらしい!モヤモヤを表していると
     まもなく現実が現れてきますよね。
     それを描くところが すばらしい!
     並の人にはできないことだ!
     ポチッ ポチッ しているところが
     大きな力のもとですね。

 なみがしらMさん ありがと〜ございます。
 そうそう,何を描いていいかわからんときはとりあえずペンを動かしてみます。
 そしたら形になって現れてくるので,それを見て自分の気持ちがわかるってことでしょうか?
 これもひとつの自分を見つめる作業かもですね。
 絵だけじゃなくて,行動も同じかもですね。(2008.04.15 08:51:35)

屈原をたずねて(30)  山田 善仁

 八岐(やまた)(八俣)の大蛇(おろち)に類書するものは,「楚辞」の「招魂(しょうこん)」の一部に出自している。「魂よ帰りたまえ,南の方には止(とど)まれぬぞよ。額に入れ墨歯を黒く染め,人の肉をとって先祖を祭り,その骨で醢(しおから)作る。蛇や蝮(まむし)はうじゃうじゃ居り,千里を走る大狐(きつね),九つ頭の雄の(へび)が,すばやく行ったり来たりして,人を呑んではその心臓を強める。帰りたまえ永くは留まれぬぞよ」と有る。
 インド,ネパールに於いては,お釈迦様は日種族(太陽の子)と言われ,説法した山が霊鷲山(りょうじゅせん)(原文では鷲(わし)の峰(みね))で,鷲を崇めて来た事が察せられる。
 現代ヒンドゥ教の祭りの山車(だし)巡行では,10数メートルある山鉾は神で有り,2本の長く垂らした幟(はた)は竜蛇を表し,雨乞いを祈念している。
 「峰(みね)」を字解すると,音符は(ほう)。は夂(ち)と(ほう)から成り,夂は下向きの足跡の形で,降(くだ)るの意が有り,は上に伸びた木の枝の形で,その枝は神が憑(よ)りつく(乗り移る)所であるから,神が憑り付く木をと言い,その様な木の有る山を峰と言う。
 朝鮮古文献に,男神を意味するものに雄神(スガム)(高い山は雄神が降下し,或は住む処),隧神(ソガム)(神座には必ず置かれていた男子の陽根を木隧(モクソ)と言う)が有る。「上,虚空」の訓は「スル,ソル」で雄,蘇(ス,ソ)に地,場所(ラ)を加えた複合語で,転義して「峰(スリ)」になり,日本では蘇良(ソラ)「空」になっている。「ソラ,スリ」の借字に「述,率,所乙,車(スリ),鷲(スリ),鵄(スリ),酒(スル)」が有る。
 「記,紀」に五穀の食物を大気都比賣(おおげつひめ)が,鼻,口,尻より取り出して種種(くさぐさ)作り具進する時,速須佐之男(はやすさのお)の命(みこと)に殺されるが,殺された身に,頭に牛馬,額に粟,眉に蚕,眼に稗,腹に稲,陰部に麦と大豆,小豆が生り,神産巣日(かみむすひ)の御母神(みおや)の命(みこと)がこれを取って種(たね)と成(な)しき,と有る。これを古代朝鮮読みで解くと,こうである。
 頭は「マラ」馬は「マ」牛は「ソ」,頂は「ソシマル,ソシマリ」で,頭頂が牛馬「ソシマル」となる。額(奴香)は「ニマ」「チャ」粟は「チョ」。眉(まよ)は「マンオ」蚕(まよ)も「マンオ」。眼は「ヌン」稗は「ヌィ」。腹は「ベ」稲も「ベ」。陰(ほと)を「ポーティ」女陰を「ボデ,ボディ」と言い,麦「ボリ」小豆「ポト,パ」大豆「コン」に当て,女陰に通じる腎臓が「コンパ」で古音「コンポト」と言う。と言うことは,編者は朝鮮人でなければ,こう言った書き方は出来ない。

ウォーキング      石渡 修司

 日の出の時間が早くなり,早朝,ウォーキングするのが不自然でなくなりました。同じ時刻でも,冬場はまだ暗く,暗い中を歩くのは,少し気がひけます。「この人,何をこんな暗い時間帯に歩いているのだろう」と,思われているのではないかと気を回してしまいます。歩いているのは私だけではありません。歩く時刻を変えられない人たちが,やはりいます。どうしているのでしょうか。やはり,それなりの工夫がありました。「私はウォーキングをしています,決して変な人ではありません」と,印を発信しながら,歩いていました。その印は服装にありました。一見して,ウォーキングをしていると分かる服装を作り出していました。ウォーキングをしている人の服装の定番とは何でしょうか。
 まず,帽子をかぶることです。絶対条件と言っていいほど,帽子をかぶることにこだわります。帽子をかぶっているだけで,ウォーキング人間です。帽子をかぶっている人とすれ違う時,朝の挨拶が交わせます。お互いが仲間だからです。同じ時刻に歩くのがウォーキングを続ける秘訣です。そのためには,暗くても歩きます。時刻は変えられません。すれ違った人は,同じ思いを持った同志です。嬉しさと照れを感じ,つい挨拶をしてしまいます。
 次の印は手袋です。どんなに寒くてもウォーキングする時には手を前後に振ります。大きく振る人と小さく振る人の差はありますが,それでも必ず手を振るのが,ウォーキングです。寒いからと言って,ポケットに手を入れたままのウォーキングはありません。ですから,冬場には,ウォーキングには手袋が必携なのです。
 三つめは,靴です。ウォーキングと言うくらいですから,歩くための靴には凝ります。見るからに,ウォーキング・シューズと言うのを恥ずかしくもなく,履くことができるのも,一つの楽しみかもしれません。でも,やはり三番目の印でしかありません。靴だけでは,ウォーキングとは断定できないからです。ウォーキング・シューズを普段に履いている人も多いからです。
 そう言っている私は,この三つを守っていません。それだけに,この日の出が早くなったこの頃が嬉しいのです。定番の服装から解放されるからです。今朝も,その辺りを散歩している人と変わりない服装で歩きました。朝日の差す,明るい街をウォーキングする気持ちよさを味わっています。徳島の朝はウォーキングで始まります。脱糖尿病日本一の意気にあふれています。