家族と歩こう へんろ道
               相原 詩恩

 10月12日に,お父さんがいっしょにいこうと言って,藤井寺から焼山寺までへんろ道を通ってハイキングへ行った。始め登っている時はスラスラッと登れたけど,一つ目の頂上では,少しつかれていた。二番目の山を登る所は,とてもつらくて,お父さんも,少し休みながら行っていた。下る時には,とても急な階段があって,すべりそうになった。最後の山を登る時は,とてもきつくて,お父さんは前の方にいて,ついていけなかったくらいだった。
 私が登った山の中で一番つらかった山は,二番目の山で,とてもつかれた。こんなにつらい道をおへんろさんは,何回も登り下ったりしてるんだなぁと思った。
 また,今度これと同じ事があるなら,次は,お母さんとお父さんとで行きたいと思っています。

空海の道         相原 雄二

 「体育の日」の前日(10/12),所属する内の一つのボランティアグループ「かも研塾」が企画した「家族と歩こう遍路道」に娘(小五)をさそって参加した。11番札所藤井寺から12番札所焼山寺までの12.3kmをゴミを拾いながら約5時間ほどかけて歩きました。
 この道は「最後まで残った空海の道」で,へんろころがしもあり,四国霊場の中でも最大の難所だそうだ。
 40年余り昔の話になりますが,丁度娘の歳に,この遍路道を一度歩いていました。よく覚えていないのですが,大人の人が杖のかわりに草刈り鎌を持って,先頭の人が道をつくりながら歩いた記憶があります。たぶんあまり良いイメージがなかったように思います。
 今回は,娘に楽しんでもらい,すばらしい経験となるよう願いつつ,一日共に,千二百年前の空海が歩いた自然がそのまま残る「遍路道」を楽しませて頂きました。
 がしかし,一本杉から350mの高低差のある下りには,ほとほとまいりました。ひざの外側のスジが痛みだして,まともに下へおりられない状態で後向きでおりてきました。運動不足か,歳なのか,それともメタボ……!
 なにはともあれ,楽しい一日を過ごさせて頂きました。


パラグライダー体験   芝山 靖二
スイス,ベルナーオーバーランドにて

 スイスに出かける前から観光ガイドブックでパラグライダーの体験が出来ることは知っていました。オーバーランドがそのメッカであることも知っていて,そのことを少しはやってみたい気がするようなことを,松林さんに話していました。でも,覚悟は決めていませんでした。
 オーバーランド最後の日,朝食の時,松林さんが「一日前から予約を入れないと出来ないので予約入れといた」と言うのです。どうやら例によって,夜のお酒がすぎて私の確認は取れなかったようです。仲間四人のうちやるのは私だけ,皆は着地地点で待っていると言うのです。
 「朝一番の予約だからもう,すぐ出かける。」半ば強制的にロープウエイの駅に連れていかれました。
 着くと1メーター90以上あるような,ドイツ人インストラクターがいて,その彼と二人きりで,ロープウエイに乗りました。スタートしてすぐ,下を見てフィニッシュポイントの旗が立っていました。それから,登ること,登ること。スイスのロープウエイは大変長いのです。
 そうとう高い最終駅で降りて用意しながら,誰か先にスタートすれば,それを見て参考にしようと思っていたのですが,誰もスタートしません。
 「ファーストスタート?」と聞くと,
 「イエス,ファーストスタート」。
 すべての用具を装着して坂道を下に駈け出します。するといきなりフワッと体が浮き上がり,一旦はスタート地点より高くなります。飛行時間は30分ほど,アイガー北壁,メンヒ,ユングフラウ,を眺めながらの飛行です。
 自分の足元を見るとなにもありません。あるのははるか下に広がるスイスの村々です。旋回したり,上昇したり30分の飛行はアッと言う間でした。
 着地地点には皆が,カメラ,ビデオを持って手をふっていました。
 やり終わって,なんで松林さんがあんなにも強引にやらせたのかがよく分かりました。一生忘れられない素晴らしい経験をしました。

すべての思いを家族に 50
 心に栄養を         田上 豊

 私達は躰肉体には凄く気を使っています。水だ,野菜だ,タンパク質だ,くすりだ,旅行だ,カラオケ,通販で買い物だ,ですが現実は,やあ婚礼だ,法事だ,打ち合わせ会だ,美味しい物を食べて飲んでメタボで苦しんで居るのです。
 けれども,その中心である心にどれだけの注意を払っているだろうか?
 心は栄養失調で痩せ衰えているのに,心に栄養を与えようとしません。即ち,思いやりとか愛とかの訓練が,なおざりに成っています。心の学び,心を鍛える時間をどれだけ取っているだろうか,心は餓死状態なのに成っているのにね。私達はいつの間にか自分中心になるのです。やがて心が自己中心の生活習慣病に陥ってしまうのです。これでは思うことが思うように成らないのが当たり前です。
 メタボ改善と同じぐらい心の改善は日々の訓練が居るのです。訓練をした証として記録が必要です。一日に何回人に愛の言葉を使ったか,何回人が喜ぶことをしたか,その心は偉大な者の喜ぶ心であったか等です。いかに心使いが大変か記録を付けてみれば判ります。なにしろ心は見えないのです。だから私達は怠けるのです。閻魔様は見ているのです。
 幸せになりたいと思いつつ,肉体を制御するはずの心が慢性栄養失調に成って居るのです。肉体だけが幸せを味わい心は痩せ衰えていくのです。