木屋平三木家の伯父から学んだこと(3)    天田 弘之

中風のため‘右手がだめなら左手で’と筆を持つ脇画伯

 脇町ご出身で脇亀太郎老画伯がおられた。東京美術学校で黒田清輝に学び,芸術青年のあこがれの的であった。卒業後ご家庭の事情により郷里の旧脇中で教鞭をとられていた当時,伯父が同校で先生の薫陶を受け,美術学校へ再三すすめられたが,父宗治郎が出られたら三木家として困るということで断念したいきさつがある。
 写真は昭和45年に徳島新聞二面にわたり掲載されたもの。その年の夏,伯父から「脇先生の絵を見せてもろう」と,ご自宅訪問した。玄関正面に4号大の“あゆ二尾”の絵が目にとまり吸い寄せられた。皿から今も跳ね出しそうでみずみずしく目玉が生きている。とりわけ色彩が美しかった。40年前に描いたと言われる。先生はその時84歳で古武士の風貌があった。絵はすべて写実に徹しリアルでカラーリストであった。帰りに車の中で伯父が「脇先生の絵には品(画品)がある」とつぶやいた。

今年嬉しかったこと    御堂 孝

 12月11日私は山川町でバスを待っていた。高松の山友達と山登り忘年会の幹事をするためである。バスは予定通り到着し,乗りこんだ私はガイド役として徳島を案内した。例えば美郷は梅酒特区であり蛍が有名であるとか,神山町上分金泉はその昔イスラエルから船団がやってきて,ここにソロモンの秘宝を隠したところであるとか。雲早山登山口に到着するとそこは,一面の銀世界であった。また私たちを驚かせたのはハンターが二頭の鹿を木に吊るし,皮を剥いでいたのである。今まで鹿は何頭も見てきたが,こんな光景に出合ったのは初めてであり皆もすごく喜んでくれた。
 さて今日の目的である雲早山〜高丸山縦走である。アイゼンは皆持ってきていなかったが,安全を第一に頂上を目指す。無事登頂し分岐まで下ると,以前から痛めていた右膝に違和感を覚え,ザブリーダーに後は任せて私は一人下山,四季美谷温泉へ向かう。途中今日は付いていないなあーと思いながら歩く。1時間ほど私の方が早く着く。
 お風呂に入りいよいよ忘年会,今回は鹿鍋と猪鍋を用意する。誰も鹿を食べたことがなく,恐る恐る鹿のすき焼きに手を出すも,その美味しさに追加注文が出たほどである。宴は盛り上がり全員のラインダンスは写真に入りきれなかったほどであった。
 朝風呂に入り,朝食を終え,四季美谷温泉恒例の登山者を見送り,帰途に就く。途中美郷の物産館に寄ると餅つきをやっており交代で手伝う。
500円以上の買い物はそのお餅が2個付いてくる。次は土柱へ向かい見学した後,脇町うだつの町へ移動し見学。昼食は有名なそば屋と郷土料理のそば米雑炊との半分に別れて実施,特にそば米雑炊は皆初めて食べるとの事,ヘルシイで美味しさに大絶賛をいただいた。
 皆はバスで高松に向け出発,私は徒歩で穴吹駅へ向かう。JRの中で別れ際皆から「ありがとう本当によかった,来年もぜひ計画してほしい」と言われ,一人ひとりの顔を思い出しながら,ニタニタしていた師走の一日であった。

ミカンのハナシ     陶久 大樹

 こんにちは,すえひさたいきです。2回目の投稿になります。前回は阿南市の魅力について書かせて頂きました。今回は阿南市繋がりとこの季節ならではの記事をお届け致します。さぁさぁ皆さん,冬が来ました! 冬といえばミカンです。僕の実家はミカン農家でした,なのでミカンについては一家言ある!!と思いきや何一つ詳しくないので色々調べてみました。
 まず,ミカンを食べると風邪を引かなくなるっていうのは本当で「シネフィリン」という成分が風邪菌をやっつけるみたいです。そしてこの成分はオレンジには含まれておらず,温州(うんしゅう)みかん,つまり日本のミカンに多く含まれています。さらに,皆さんミカンの皮を剥いたときに内皮?と言うか白い筋のようなものも一緒によけてませんか?? 実はあの筋には多くの食物繊維が含まれているので,捨てないで食べてくださいね。さらに皮には多くのビタミンCが含まれているので,できれば活用してください。利用方法としてはちょっと干してお風呂に入れるとか,かなり干してからすりおろして料理に加えるなどです。しかしながら,全てを利用できる万能選手ということですね,ミカンは。
 ミカンてほんまに『いいやつ』ですよね。僕が思うのは,「こたつにミカン」といった風景は日本の風物詩でもあります。季節を彩る,日本を彩る役者としての一面も果たしてくれていると思います。みんなでこたつを囲み,ミカンを食べながら,テレビを見る。そんなありふれた日常が,今,必要となっているのではないでしょうか。
 日本の心,冬の脇役,ANANのオレンジ,一家暖欒,アルミ缶の上にあるミカン・・・永く日本の食卓を支えてくれた果実に感謝をして,今月の文を締めさせていただきます。

甲の原因には甲の結果 乙の原因には乙の結果
               近藤 隆二

 伊勢の国(三重県)に平治という親孝行な息子がいました。
 お母さんが難病にかかって看病している時,村のある方から伊勢の海にすんでいる「 矢柄 ( やがら ) 」という魚がお母さんの難病によく効くという話を聞き,親孝行な平治はお母さんに食べさせてあげたいと思ったが,その「矢柄」という魚は禁漁区に棲んでいました。
 ある日,平治は夜こっそりと矢柄の魚をとってお母さんに食べさせました。
 お母さんの病気がだんだん良くなりましたが,禁漁区で魚を獲ったことを密告されて,平治は捕えられ,簀巻きにされて処刑されました。
 その後,村人たちが親孝行な平治を讃えて神社を建て,ご祭神として平治を祀り,命日には盛大な夏祭りが現在でも行われていると言われています。
 モラロジーの学祖,廣池千九郎博士は,甲の原因(禁漁区の魚を獲る)には甲の結果(処刑される),乙の原因(親孝行)には乙の結果(神社に祀られる)と教えられています。
 中国の孔子の高弟顔回は32歳の若さで亡くなりました。孔子のもとで人心救済に活躍されていた顔回は短命に終わりましたが,廣池千九郎博士は,顔回は,甲の原因(遺伝的に弱い体質)には甲の結果(短命),乙の原因(人心救済に尽力)には乙の結果(家の万世一系)と教訓されています。
 大歴史家 司馬遷 ( しばせん ) は,因果律を知らない為,顔回が短命に終わったことで天道是が非かと因果律を疑った。天地の法則とは因果律のことである。

ヨハネ14章を読んで      松下 史実

 自然はこんなにも素晴らしいのに
 人とは何者か,御手の業の天地の間に住む事を赦されるとは,
 造られた時人は良いもの,創り主に似た者として存在した,愛されていた,しかし,まだ愛は成長していなかった
 もし愛が成長していたら,自分を愛してくださった方の約束は守らずにはおられない
 ゆえに,ここに罪の根がある
 創造の目的は,互いに愛し仕え,喜び一ぱいの,くらしを,創り主と共に味わう事
 それを取り戻すのに,又,一方的に創り主から,愛が示された,それを受け入れたひとは,この方を愛し従う
 人は愛されているゆえに存在が赦され
 救われる望みがあるゆえに存在が赦されている