先週,日本の仙台を中心に復興支援に行っていた教会の牧師さんが帰米し,今日の礼拝は,いつもの説教の代わりに,募金などに協力したいただいた皆さんのために,と,日本での活動報告をやってくれました。
たった二週間ちょっとでしたが,ほとんど寝る間もないほどの忙しさだったようです。
彼の目的は,日本のバプティスト連盟が今後被災地の復興を支援していくための調査と,海外からの支援部隊受け入れの窓口の双方があったそうです。とにかくインフラが寸断されているのと,被災地域が非常に広範囲にわたっている為,今のところ,どこから,いや何から手をつけていったらいいのか,という糸口さえも明確になっていない地域がたくさんあるそうです。そうした地域を,支援物資を配りながら,避難施設をまわり,被災現場を視察し,今後のボランティア派遣の土台を作るのが彼の使命だったようです。
その被災地を中心に300枚以上撮ってきた写真のうち100枚程度を見せてくれながら,その地域,地域の状況,人々の状況,そして協力や支援に懸命になっている人たちの姿などが写されていました。そのどれもが,新聞などで見ている写真同様,いやそれ以上に,悲惨な状況をありありと伝えていました。
その牧師さんが一番感銘を受けたのは,そういった被災者の方々,特に避難生活を余儀なくされている人たちの間から,「私たちはまだいい方,もっと過酷な状況に居る人がたくさんいるから,そちらを是非支援して欲しい」と言う言葉をたびたび聞かされた,ということだったそうです。
牧師さんにおっしゃるには,そう言った当人達も,寒さと食料不足に,あるいは家や財産を失った悲しみに押しつぶされそうになるのを必死にこらえているように見えたとのこと。
そうやって自分自身を必死にこらえながらなお,他の人たちのことを優先してくれ,という言葉に,たびたびなんとも言えない悲惨さを逆に実感したそうです。
これからの復興は長くかかるでしょう。写真でみた瓦礫の山と化した町並み,あるいはほとんど使い物にならなくなった家々,そういったものを片付けるだけでも一仕事。そこから,本当に元に戻そうとするなら,相当な時間と資金が必要です。
継続して,自分達に何が出来るのか,考えていかなければなりません。