出会い           坂本 恵子

 生きていると,沢山の人と出会います。1人1人が違う人生を歩み日々色々な事をして生きておられますが,私にとって大きな転機をいただいた方は特別です。半年程前,あるおじさんと出会いました。そのおじさんは,仕事場で会う為,色々な事を教えてくれるのです。その中でも本を頂く事が多くて,この本こそが私に今,必要な本だったのです。自分の中でモヤモヤしていた人間関係の問題をどう対処したら良いかヒントを頂きました。その本のお陰様で今,引っかかっていた人との関係が心から消えて気持ちが軽くなりました。出会いって人生そのものだなって感じました。ありがとうございました。

               福田 二郎

              石渡 修司

 蟻を見るのが楽しい。今年は,蟻が出て来るのが遅かった。冬の寒さが厳しかったので,地中の温度が上がるのが遅かったのだろうか。ようやく,この頃(4月中旬)になって,姿を見るようになった。冬の間,地中で,どのような生活をしているのだろうか。春が来て,活動を開始する。外は,既に,蟻が活動するのに十分,準備が整っている。本当に,自然の仕組みは良くできている。
 蟻は自分自身のために,餌を集め,蓄えているつもりだろうが,その活動が自然界の営みに寄与しているのだから,面白い。
 ユダヤの人々も,私と同じように,蟻を見詰めて,深く感動したのだ。それを一つの教訓として記している。
「この地上に小さなものが四つある。それは知恵者中の知恵者だ。蟻の一族は力がないが,夏の間にパンを備える」(箴言30:24,25)
 ちなみに,蟻以外の知恵者とは,岩だぬき(狸ではない,あえて言えばプレーリードッグに似ている),いなご,やもりである。とにかく,知恵者の筆頭にあげられるほどによく知られていた。私も一日中見ていても飽きない。連れ合いとイスラエルに行った時も見とれてしまった。これが,聖書に書かれている蟻かと,つくづく感心しながら,見飽きることがなかった。連れ合いから「行きますよ」と声を掛けられ,団体行動の不自由さを味わわされた。蟻は,人が住める所ならば,どこにでもいると言われている。北極でも,イヌイットの人が住んでいるところにはいるとのことだ。蟻は勤勉なだけでなく,たくましさも持っているということだ。

姉も,ね(アネモネ)   石渡 路子

 花壇というのには気がひけますが,教会の前に小さな植栽があります。百花繚乱に草花が咲きほこっています。こう言いますと,なにか,きれいな花々が咲いているところを想像してしまいそうです。ただ何も手入れをしないから,好き勝手に,花が咲いているだけなのです。花ニラの白い花が一番元気に咲いています。負けじと,ヒヤシンスが紫の房の花を咲かせています。チューリップも頑張っています。その中に,一輪の紅色のアネモネが咲きました。
 アネモネの花を見ますと,イスラエルを旅行した時のことが鮮やかに想い出されます。数年前,3月上旬に,聖地巡りをしました。ガリラヤ湖の東岸を移動している時でした,草原一面にアネモネが咲いていました。日本で,同じような風景をと言うとなると,野原一面にタンポポが咲いているという感じでしょうか。歩けば,アネモネの花を踏まないように歩くのが大変なほどなのです。それほどにびっしりと咲いています。
 これほど見事に咲いている花も,一週間か十日後には,熱い風が吹いて,すっかり枯れてしまうというのです。イエスさまが語られたとおりです。
「野の花がどのように育つのか,注意して見なさい。働きもせず,紡ぎもしない。しかし,栄華を極めたソロモンでさえ,この花の一つほどにも着飾ってはいなかった」(マタイ6:28)
 何を,思い煩う必要があるのでしょう。神さまが精一杯咲かせてくださっているのです。一生懸命頑張って,咲いたのであれば,一瞬で枯れてしまうことは納得できないかもしれません。しかし,神さまが咲かせてくださっているのだと,受け入れる時,見事に咲くことができたことを喜ぶことができます。私たちの人生も,きっと,このアネモネの花と同じなのです。
 今,姉は老いてしまいましたが,精一杯私たちに尽してくれました。姉も,ね,神さまに守られて,人生を歩んできたのだ。そう,思うと,ありがたさに胸が一杯になります。

天岩戸立岩神社の祭典に初参列の思い出に付て
      香具山地区十二社宮司 橘 豊咲

 平成八年五月下旬,橿原市南浦町鎮座・天岩戸神社, 国常立 ( くにのとこたち ) 神社, 天香具山 ( あまのかぐやま ) 神社外九社,宮司に奈良県神社庁から拝命の辞令を受けて,日も浅く,橿原市南浦町元区長(故人)の福本博治氏及橿原市文化協会会長,戸田守亮氏両氏から,阿波国鎮座天岩戸神社の,対外的には最初の祭典参列の案内があり,ご神縁有難く,両期に入った時の様な時期でした。結局,戸田先生,全協会の増田理事,福本氏の諸氏と出発,徳島で三村隆範氏の出迎いを受けて神山町へ向かいました。
 翌日午前十時から,天岩戸立岩神社の祭典で,好天とは思われない鎮座地に到着。 天照皇 ( あまてらすすめ ) 大神が ( まつ ) られている山頂近くの,巨石の立岩の社の前に,【拝殿】の周囲に数十名の参列者があって,司会者の挨拶があり,私が平服でしたが,参進の笛を吹奏すると同時に,天空が暗くなり,雷鳴が ( とどろ ) き,偶然とは思えない祭典の開始でした。東京からの舞姫二名の奉納の舞があり,参列者全員の衣類が多少濡れる程で,大和古社の一宮司として,神気に触れた様になり,唯々 驚愕 ( きょうがく ) する心境でありました。祭典後神山町の祝賀会お開きの後,来賓の紹介挨拶等短時間の各氏のスピーチがあり閉会。奈良県からの四名の中,私のみ,松山市 天山町 ( あまやまちょう ) 代表,外に同行の方々と山越えで約二時間余,山中で少憩の後,山を下り松山市天山町に向い,代表の白石温幸氏宅に到着,宿としてお世話になった次第です。
 翌朝,日の出の後,白石氏の案内で,伊予国の風土記の中の,数十メートルの天山に登頂。拝殿前に到着。白石氏参列されて後,参進の竜笛を吹奏, 修祓 ( しゅばつ ) ,大祓詞奏上の後,境内の一隅に案内され,大和と伊予の交流の記念碑の前に,福本氏のご配慮に依り,歌碑の前に佇み拝礼,種々お話を伺いました。

 奉納短歌

    ふるさと天山
  みどりゆたかな ふるさとは
   神の宿りし 天山よ
  はるか香久山 望みつつ
   いざ手をつながん 友の会
               白石温幸

  神々の鎮まりおはす とこしえに
   天の香久山 春を迎ふる
  大和国 天香久山神社宮司 橘 香林

  広大威神力  天山神社拝して経 弐拾年
         平成九年元旦
  福寿海無量  天香久山麓 責任役員
         南浦町   福本博治

           平成九年七月吉日