十一、歯車
 「だいたいのことは河瀬君に聞いたと思うけど、私達は学生の頃のサークルで一緒だったの。私が一年留年して3年の時に河瀬君が一年、伊織と麻希は私と同じ年。だけど麻希は2回留年していたの。伊織はちゃんと進級できていたけどね。」
 「はい、確かそう言ってました。」
 「麻希はいいとこの娘でね。けっこうワガママなところがあったのよ。私は裕福でもなければ、貧乏でもない、ごく普通の家庭に育っていたから、たまに麻希の言うことや、することが理解できないことがあったわ。でも私達はけっこう打ち解けられた。気がけっこう合ってたの。麻希がよく家に泊まりにきたこともあったわ。飲んだり、グチ言ったり、騒いだり、ケンカしたり…色々あったわ。あの時は楽しかったなぁ。」
 恵美はお茶の入った氷をかき混ぜながら、しみじみ言った。
 「でも、楽しかったあの時に終わりを告げる出来事が起こったわ。」
 「麻希さんが家出したってやつですか?」
 「そう、それ。麻希は父親との仲があんまり…良くなくてね。いつも喧嘩ばかりしていたみたい。麻希の家は、父親と母親、長女の麻希に次女、三女の5人家族だったのよ。麻希の父親は病院の院長さんでね。家を継がせるために長女の麻希にお見合いとかよくさせていたみたい。婿養子をもらって、どうしても角崎の名を継いで欲しかったみたいね。可愛そうよね…自分の好きな恋愛もできないで、 親が決めた相手と結婚なんて。私からすれば、家の名を継ぐなんてどうでもいいことだと思うけどね。古い考え方だって思っちゃう。でも、私が言ってもどうすることもできないし。友達の家のことに口出しするのもね…。そんな時、麻希が家出したってわけ。私にも連絡一つしないで、どこかに行っちゃってさ。そりゃあ心配したわよ。だって、いつもお互いに色々と相談とかしてたからさ。麻希から家のこととかだってよく聞いてた。それなのに連絡がなくてね…。麻希の家からも連絡があったわ。私の家に来ていないかってね。それから私はすぐに家を飛び出して麻希を探しにいったわ。 でも麻希は見つからなかった。警察にも捜査を依頼したらしいけど、表立っての捜査はなかったわ。全く自分の娘がいなくなったってのに、病院に悪い影響がでるだか何だか知らないけど、警察に表立った行動は控えるように言うなんて信じられなかったわ。麻希の親や警察は当てにならないと思った私は、一人で毎日探しまくったわ。でも…麻希は全然見つからなかった…。何かの事件に巻き込まれたのかとか、色々考えたわ。良いことなんて浮かばなかった。そしてそれから数週間が経ったある日、麻希の家から電話があったの。麻希が帰って来たってね。 私はそれを聞いて、すぐに麻希の家に行ったわ。でも親が家に入れてくれなかったの。今はちょっと麻希を落ち付かせたいとか言ってね。私はしかたなく帰ったけど、心配になったから夜に電話したの。結局それも親が駄目だって言って、代わってもらえなかったけどね。それから…しばらくして、電話があったの。麻希から。あれから麻希は学校にも来ていなかったし、連絡も取れなかったから驚いたわ。私は聞きたいことが沢山ありすぎて、かなり興奮していたわ。色々質問したんだけど、麻希は何も答えなかった。終いには今日引っ越すとか言い出して…電話が切れたの。 すごく静かな声で…。私は受話器を置くとすぐに麻希の家に行ったの。でももう誰もいなかった。引っ越した後だったのよ。その時はまだ麻希んちの病院があったから、病院に行って院長さんいますか?って聞いたの。だけど、院長は本日お休みですって言われてね。諦めて家に帰ったわ。それからしばらくして…その病院も売り払われて…倒壊されたわ。」
 恵美はお茶を一口飲み、息を整えた。
 「ここからが…この話しの重要なことね。あまり思い出したくないことだけど…しかたないわね。」
 「お願いします。その続きを…。」
 智津雄と嵐慈は緊張してきて、手に汗を握り締めていた。
 「それから一年後のこと、私も何とか進級できて4年とき、サークルで麻希がAVに出ているってことを聞いたの。信じられなかったわよ。あの麻希がね。引っ越ししてから連絡も取れなかったから…どうしてるのか心配していたんだけどね。AVだもんね…。最初は嘘かと思って信じなかったけど、雑誌の写真を見せてもらってね…信じざるを得なかった。この事をあんまし広めない方がいいと思ったから私は皆に口止めするように頼んだわ。真剣にね…って河瀬君からそう聞いたでしょ?」
 「え?ええ…。そうですけど?」
 「ふふ、そう。河瀬君、ちゃんと約束守ってるのね。」
 恵美が何が面白いのか、クスクス笑う。
 「あの、恵美さん。どういうことですか?」
 「あ、ゴメンゴメン。実はね、本当は違うのよ…AVに出ていたことを皆が知ったってとこまでは本当なんだけどね。そこからは違うの。私達のサークルだけの内緒の話し…言いたくても言えない話しがあるの。」
 「え…!?それはどういう…?」
 「ん、ちょっと待ってね。今持ってくるから。」
 そう言うと恵美は物置らしき所を開けて、何やらゴソゴソしている。何を持ってくるのか、智津雄と嵐慈はただ黙って待っているしかなかった。
 「これ…見てみて。」
 物置から戻ってきた恵美が見せたものは、ラベルの付いていないビデオテープだった。
 「恵美さん…これってまさか!?」
 「そうよ。君達が言ってる呪いのビデオテープってやつと同じようなもの。」
 「同じような物?何か違うんですか?」
 嵐慈は声を荒げる。
 「多分、君達が見たのって、麻希がAV男優と絡みをしている無修正のやつでしょ?」
 「そ、そうです…。」
 「これは違うの。内容が全く違うのよ。」
 「内容が違う…?まさか、内容が無いよう…とかですか?」
 「これは麻希がAVに出ていると知った数日後に私の家に送られてきたものなの。」
 嵐慈の言った下らないギャグは恵美にあっさりとかわされた。嵐慈は少し悲しい気分になったが、とくに突っ込みはしなかった。
 「恵美さんの家に送られてきたっていうそのテープの内容は…?」
 「まあ、慌てないで、順を追って説明するから。」
 恵美はテープを自分の横に置き、お茶を一杯飲む。
 「さっきも言ったけど、このテープは麻希がAVに出てることを知って、数日後、送られてきたの。相手先は書かれてなかったわ。 なんかおかしいなとは思っていたけど、一応開けてみたの。そしたら一枚の紙とこのテープが入っていたわ。紙には『恵美へ』と書かれていたわ。最初は誰からか分からなかったけど、なんか何となく麻希かなって思ったわ。すぐに私はビデオテープをデッキに入れて再生したわ。最初は画面が白くなったりピンクになったりして、そのうち画面がちゃんと映し出されたわ。そこには麻希が椅子に座っていて、こっちを見ていたの。麻希!!って思わず叫んじゃったわ。久しぶりだったからね。なんか嬉しくて、少し涙まで出ちゃったりしたのよ。でも、その感動も束の間、次の瞬間に恐怖に変わったわ。 画面の中の麻希が笑ったり、泣いたりを繰り返していて…急に顔が止まって、こう言ったのよ。『こんにちは、憎い憎い恵美…。』ってね。え?って感じだったわ。一体どうしたのかしらって。そして麻希は続けた。『あなたがこのビデオを見ているってことは、私がAVに出演しているってことを知った頃かしら?ふふふ、最初は信じられなかったでしょうね。私がAVなんて。でもあれは私。角崎麻希なのよ。』麻希は表情一つ変えることなく、そう言った。怖かったわ。その時、麻希は何のためにこんなビデオレターみたいのを私に送ってきたのか、分からなかった。そう思っていたら、麻希が言ったの。
 『恵美を含めて、サークルの人、家族…そして、これからの未来を創る者に復讐するためにこのビデオを作ったのよ。』って言ったわ。
 復讐…その言葉を聞いたとき、背筋が凍った気がしたわ。その言葉、その表情はもう私の知っている麻希じゃなかった…。まるで何者かが麻希に乗り移って、麻希を動かしているような気がした。そして私は、何か恐ろしい運命の歯車の一つに突如巻き込まれたような気がしたわ…。」

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