八、怪想
 「どういうことだよ店長、俺達の知らない香梨須マキのことって!?」
 「ああ、言ったとおりだ。ちょうど今帰った客で、店の客はお前ら二人だけになった。いいタイミングだ。」
 店の中を見渡すともう誰もいなかった。小さい店だが、人がいないとやはり寂しいものがある。
 「おーい、伊織。今日はもう店閉めてくれ。」
 「え?なんでさ?まだ閉店3時間前だよ?」
 「ちょっとな。すまんが頼むよ。」
 伊織は困った顔をしながらも店を閉めるしたくをし始めた。
 伊織は店長の奥さんで、学生時代に知り合って卒業後にすぐに結婚したらしい。普段は奥さんには弱い店長だが、今日はなんだかいつもと違う感じがした。
 店を閉め終わると伊織は店の奥へと入っていった。
 「よし…じゃあ話すとするか。先に言っとくけど、今から話すことは冗談なんかじゃないぞ。本当にあったことだ。」
 いつも寒いギャグばかり言っている店長の姿はそこにはなく、なぜか威圧感があった。智津雄と嵐慈はそれに押され何も言わず、ただうなずいた。
 「実はな…香梨須マキは俺が学生時代に所属していたサークルの先輩なんだ。」
 「ま、マジっすか!?」
 嵐慈はその言葉を聞いた瞬間、立ち上がるほどに体を上げた。にわかに信じられないという思いが胸にあっただけに驚いてしまった。
 「ああ、本当だ。香梨須マキ…本名は角崎麻希(かどざき まき)という。」
 智津雄は驚きのあまり声が出せなかった。あれだけ欲しかった香梨須マキの情報がこんなに近くで手に入ったということと、しかも知り合いがここにいるということに。
 「店長、続けて下さい…。」
 「ああ…。んでな、麻希先輩は俺の三つ年上だったんだけど、俺が大学に入学したときはまだ二年だったんだ。まあ、つまり、留年してたってことだ。しかも二回も。」
 少し間を置き、店長は何かを思い出すのように少し上を向く。そして大きく息を吸うと一気に話しだした。
 「あれは確か俺が三年のときのことだ。ある日、いつものようにサークルに行くと皆がざわついていたんだ。俺がどうしたのか聞いてみると、麻希先輩が家出をしたらしいということを聞いた。麻希さんはいいとこの娘さんらしくて、 大学に入っても親が一人暮らしを許してくれなかったらしく、実家から通ってたらしいんだ。だけど、家族と何らかのトラブルを起こし、家を出ていってしまったらしいんだ。当時、麻希先輩と仲の良かった恵美(えみ)先輩という人がいたんだけど、その人のところに麻希先輩の親から連絡があったらしく、もしかしたら恵美先輩の家に来てるんじゃないかと思い、聞いてきたそうなんだが、恵美先輩の家にはいなかったらしい。それから恵美先輩も心配になって、知り合いのところに片っ端から連絡したそうなんだが、どこにも麻希先輩はいなかったらしい。 麻希先輩の行方が分からなくなって二日くらいして、麻希先輩の親が警察に届けを出したんだ。だけど一週間たっても行方がつかめなかった。俺達も色々な情報をもとに探してみたんだが、…結局な…。それから二週間たったある日のこと、麻希先輩が自宅に帰ってきたという知らせを聞いた。皆ホッとして胸を撫でおろしていたが、いったい今までどこで何をしていたのかということが気になった。ま、当然だわな。だけど麻希先輩の親が、詳しいことを教えてくれなかったらしい。恵美先輩が麻希先輩の家に行ってみたんだが、麻希先輩の親が拒んだらしいんだ。 それからしばらくて麻希先輩の家族はどこかに引っ越してしまったらしい。その後のことは分からない。…そしてそれから一年くらい経ったある日、俺の友達が麻希先輩っぽい人が出てるエロビデオについての情報を入手したと言ってきたんだ。俺は、そんなバカなって思ったよ。確かに麻希先輩はすごく綺麗な人で、人を引き寄せる魅力はあったけど、そんなビデオに出るような人じゃなかったからな。だから俺はその友達の話を信じてなかったわけさ。だけどな、そいつの言ってた雑誌を見たんだが、そこで紹介されてるAV女優は麻希先輩そのものだったんだよ。 あんときは驚いたよ。知り合いがAVに出てるってことにもだが、あの麻希先輩が…って感じでね。そしてあっという間にそのことはサークルに広まった。皆で色々考えたけど、あんましこのことは広めないことにしようって。ま、つまり楽しむなら自分の中だけでってこと。うちのサークルはエロい奴が多くてな。そのツテで広まる恐れがあったからな。雑誌に出たってことは自然に広まるってことだろうけど、無理に広めることはないってな。そん時さ、恵美先輩がすごく落ち込んでた…いや、あれは震えていたって方が正しいかな。 とにかく相当なショックを受けてるっぽく見えたよ。だけど、今考えるとあの時の恵美先輩の様子はかなり変だったなあ…。ショックというより、何かにおびえてる感じだったな…。まぁ、それはいっか。んでな、俺が見た雑誌にはこんなことが書いてあったんだ。個数限定販売のため、品切れ間近!再販売はいたしません!ってね。俺が買いに行く頃にはもう完買。誰か友達が買ってるだろうと思ったけど、だれも入手できなかったみたいでな。それからだったな。幻のAVとか、伝説のAVとか言われたのは。しかもさ、裏ビデオがあるとかいう噂まで出回ってさ、 さらに貴重な物になっちまったってわけ。だけど不思議なんだよなー。あれほどのAVのことがテレビや新聞とかで何も言われなかったし、他の雑誌もあんまし扱わなかったんだよね。まあ、AVとかってそんなものなんだろうけどね。世代交代が早いからさ。でもな、しばらくして香梨須マキの裏ビデオは呪いのビデオだ、なんて噂もあったりしてな。なんつーか、エロい青春時代だったよ。」
 そんな話の締め方でいいのかい!ってツッコもうとした智津雄だったが、気になることがいくつかあり、あえてツッコまなかった。
 「俺の話はこれでおしまいだが、なんか他に聞きたいことあるか?新作のAVのお薦めとかでもいいぞ。」
 店長はそう言うと水を勢いよく飲んで、ぷはぁーと息を吐く。
 「店長、聞きたいことがいくつかあるんだけど…。」
 智津雄は静かに口を開いた。
 「おう、いいぞ。分かる範囲ならなんでも教えてやるよ。」
 「じゃあ一つ目、麻希さんがいなくなった時にニュースとかにはならなかったの?」
 「ああ、それか。ならなかったよ。麻希先輩はいいとこの娘さんだって言ったよな?俺はよく知らねーんだけど、かなりでかい病院の院長の娘さんらしいんだ。そんで親がこういうことが世間に知れたら色々と困るとかの理由で、警察には表だった行動は止めてほしいとお願いしたんだとさ。そんなんで娘を見つける気があんのかって思うけどね。ま、結局その病院を売り払って家族でどっかに引っ越しちまったんだからな。なんつーか、なあ…。他にはあるか?」
 智津雄は軽くうなずいて話し始める。
 「香梨須マキのことが書かれていた雑誌にビデオ映像の写真とかあったの?」
 「いや、それがなあ、載ってたのは顔の写真だけだったんよ。そうだよな、普通あーいう雑誌にだったら少しだけ中身の映像の写真が載るはずだよな。俺もそんときに不思議に思ってたよ。」
 「それとさ、その雑誌名と出版社って分かる?」
 「ん、ああ…確かピンクロータリーっていう雑誌だった気がするなあ…。出版社は淫陰羞社(いんいんしゅうしゃ)だっけかなー。」
 「さんきゅう店長!」
 智津雄はそう言うと、立ち上がり急いでどこかに行く支度をし始めた。
 「おいおい智津雄、何してんだよ。そんなに急いでさー。」
 嵐慈は面倒くさそうに智津雄を止めた。
 「馬鹿かお前は!俺達には時間がないんだ。急いで今店長が言った出版社へ問い合わせてみるんだよ。場合によっちゃあ強行突破もするからな。」
 「えー!?なんだよそれー。強行突破ぁ?」
 二人がバタバタしている様子を見て、店長は静かに智津雄を呼び止めた。
 「おいおい、話はまだ終わってねーよ。何を張り切っているのかは分からねーけど、淫陰羞社はもう存在してないぞ。」
 「えっ!?」
 店長の思わぬ言葉を聞き、二人は声を揃えて驚いてしまった。
 「い、淫陰羞社が…もう無いって…!?」
 「ああ、もう無えよ。とっくに潰れちまったよ。」
 店長はタバコを一本取りだし、火を付けた。
 「え…!?そんなぁ。いつ?いつ潰れちゃったのさっ!?」
 智津雄はせっかく手に入れた手がかりがなくなってしまい、動揺してしまっている。
 「んー、確か…香梨須マキの記事が掲載された次の号あたりだったかなぁ…。突然廃刊の知らせみたいなのが書いてあってさ。潰れちまったってわけ。」
 「そ、そんなぁ〜…せっかくの手がかりが…。」
 智津雄は肩を落として、その場にしゃがみこんでしまった。
 「おいおい、何をそんなに落ち込んでるんだよ。そんなに香梨須マキのビデオについて問い合わせたかったのか?」
 「う、うん。まあね…。」
 「ん?そういやあ、俺ばっか色々話してたけど、なんでお前らはそんなに香梨須マキについて知りたかったんだ?少しくらい教えてくれてもいいだろ?俺だって教えてやったんだからよ。」
 「え!?あ、ああ・・・。ええ〜と、それは・・・。」
 嵐慈は迷った。智津雄に止められていたからだ。そして、口を濁しながら智津雄の方をちらりと見た。智津雄はしかたないという感じで頷き、語り始めた。昨日のことを全て・・・。

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