とある休日の午後。
杯戸駅近くのビルの2階にあるカフェで、いつものように、お気に入りのカフェオレを口にしながら、お気に入りの詩集を読む。しばらくして時計に目をやると、約束の時間から5分ほど過ぎていた。
(今日もおかわりが必要かな?)
思わず苦笑いを浮かべて。
(でもね。お気に入りの本を読みながら、貴方を待つこの時間は嫌いじゃないのよ)
待ち人が現れたのは、それから、10分ほど後のこと。
カフェオレ1杯で済むなんていつ以来かしら?
「悪りぃ! また送れちまって……」
「新一にしてはマシな方よ」
わざと嫌味っぽく、視線も合わさずに素っ気無く答えてみる。
不思議と返ってくる言葉はない。
我慢できずにそっと見ると、両手を合わせ頭を下げて、本当にすまなさそうな顔をしていた。
(そんな表情を見せられては、怒るに怒れないじゃない……)
間もなくして、馴染みの店員さんが注文を聞きに来る。
「彼女と同じものを。蘭は?」
「え? あ、じゃあ私も……」
「かしこまりました」
「珍しいわね? 新一がカフェオレを頼むなんて」
「たまには蘭に合わせてみようかと思ってさ」
何だか急に頬が赤く染まったように見えるのは気のせいかしら?
それから他愛もない話を30分ほどしてカフェを後にする。
お店を出て左手奥の階段を下ろうという時、階下からの女の子たちの賑やかな話し声が聞こえてくる。
わずかに胸騒ぎがして、思わず足を止めた。
「どうした、蘭?」
新一の問い掛けに、「何でもない」と言いかけたその時、
『きゃ〜〜〜〜〜っっ!!』
私の声は彼女たちの黄色い声で掻き消されてしまった。
「え、うそ、本当に本物っ!?」
「テレビで見るより、かなりカッコイイんだけど!?」
「あ、あのぉ、高校生探偵の工藤新一さんですよね?」
あっという間に、新一は彼女たちに取り囲まれてしまって。
私はすっかり蚊帳の外に押しやられてしまった。
『握手して下さい』とか『サインして下さい』とか『一緒に写真を取って下さい』とか・・・
半ばもみくちゃにされながも、新一は表面上は極めて穏やかに、営業用スマイルなんかを浮かべている。
もう慣れてしまった光景のはずなのに、少しだけ悔しくて・・・
でも、新一の次の一言で、小さなわだかまりは消えてしまった。
「悪いんだけど、この後、彼女と大切な約束があるから、君たち、今日のところは諦めてもらえないかな?」
新一の言葉で興奮から冷めたのか、それとも、単に呆気に取られたのか。それまでの喧騒がまるで嘘だったみたいに、一気にその場が静まり返る。
間もなくして、「あのー… そちらの方、もしかして彼女?」彼女たちの一人が、ためらいがちに言った質問に「そう」とだけ答えて。新一は取巻きの群れをするりと抜け、「行くぞ、ほら」と、何事もなかったようにその場を後にした。
「ねぇ、大事な約束って?」
「約束っていうか、早く、蘭の機嫌を直さなきゃなと思ってさ」
「え?」
機嫌なんて直さなければいけないほど悪くはない。
それは、新一だってわかってるはず。
なのに・・・
混乱する私の心を知ってか知らずか、新一はニッと笑って見せる。
その表情はまるで、何もかもお見通しといったようで。
(もしかして―――)
「私、そんなに不安そうな顔をしてた?」
「いや。あの時点では、まだな」
嫉妬したり、哀しくなったり・・・
そういった感情はすぐに消えてしまうけど。
―――私なんかでホントに良いの?
些細なことで大きくなる不安は、自分では簡単には消せないから。
でも、いつだって貴方は、いとも簡単に消し去ってくれるのよね。
不意に頬に冷たいものを感じて、思わず足を止めて空を見上げる。
雲一つない青空だというのに、雪が降り始めていた。
「風花だな」
「かざはな?」
「ああ。今日みたいな晴天の時にちらつく雪のことを言うんだよ」
「へぇ……」
その名に相応しく、まるで白い花が散りゆくように、ふわりふわりと雪は舞っていた。
「そろそろ、行こうか?」
と、振り向き様に新一の左手が差し出される。
「え?」
「気温も下がってきたみたいだし。今日ぐらいはな」
「――― うん」
頬を伝う風は冷たいけれど、右手に伝わる温もりは何よりも暖かく感じた。
前作で半分くらいはオチに苦労したので、今作は特にを意識せずに書こうかなと思ってます。