Track 5. 笑顔

校門まであと数百メートルという所で、不意に新一の足が止まった。

「どうかした?」
「しばらく落ち着いていたんだけどなぁ……」

わずかに顔をしかめた新一の視線の先に目を向けると、校門の前には多くのマスコミや、彼らに釣られたのか若い女の子を中心に、野次馬たちが集まっていた。

「昨日から今朝にかけて、あんなに派手に報道されちゃったからね」
「ああ……」

あの大きな事件以来、新一は以前のように、マスコミの前で気安くインタビューに応じなくなった。カメラを向けてもいつもクールな新一を、いつしかマスコミの人たちも常に冷静沈着で、実に頼もしいなどと持て囃すようになっていた。それは新一のほんの一面でしかないのに ――――

前に取材に応じない理由を尋ねた時、新一は苦笑いを浮かべながら「ケジメ、みたいなものかな」とだけ答えた。新一は自分の口からはコナン君だった頃のことは話そうとはしないけど、あの頃の経験が強く影響しているのだと思う。

新一の頑なな態度に、当初は登下校時ともなると、かなりの数だった取り巻きたちも、一人また一人と数が減り、事件発覚から1ヶ月が経とうという頃には、一人もいなくなった。お陰でこうして一緒に登校できるようになったのだけど。

けれども、昨日、新一が解決した事件が加害者、被害者共に世間に名の知れた人物だっただけに、今朝はこうしてまた、大勢の記者たちが今か今かと新一の登場を待ちかねていて。

「またしばらく時間差が必要みたいね」
「大丈夫、すぐに諦めさせるから」
新一は前を見据えたまま薄く笑う。
「俺が先に行って彼らを引き付けておくから、蘭はその隙に先に校舎の中に入ってくれ」
と私の頭をポンと軽く叩いて、私の返事を聞くことなく先に行ってしまった。
園子が言う、工藤新一最恐時の笑みを浮かべたまま ――――

最近はほとんど無かったとはいえ、帝丹高校に通う生徒には、校門前での新一へのインタビューは見慣れて光景になっていた。何人かは野次馬に参加していたりするけど、大多数の生徒はどこか呆れながらも、平然と取り巻きたちの群れの脇を抜けていく。
彼らの中に私も紛れ込んで。
新一の営業用口調が聞こえてきた。

「皆さんの関心が高いことは理解していますが、昨日の事件に関することは、今後の捜査に影響が出ては困りますし、昨夜、警視庁での目暮警部が会見で話された以上のことを、改めて僕の口からお話しすることは一切ありません。それと、学校や近所の方にも迷惑が掛かりますので、今後はプライベートな場での取材はどうかご遠慮下さい。では、遅刻したくないので、この辺で」

記者を掻き分け、校門を抜けようとする新一を、記者たちが身を挺して留めようとする。その中の一人の若い女性記者が必死の形相で新一の右腕を掴んでいた。

「それでは、事件とは関係ない質問を一つだけ。当社にも問い合わせが殺到していまして、全国の工藤新一君ファンが気になっていることだと思いますので、手間は取らせませんから、是非、これだけは!」

新一は困惑気味に足を止めて。
「手短にお願いします」
言って、小さく溜め息を漏らした。

「では、あの、彼女とかいらっしゃるんでしょうか?」

タイミングが良いというか、悪いというか。不意に新一と視線が合ってしまう。誰にも気付かれないくらいのほんの一瞬、新一は私に軽く微笑んで、すぐにその女性記者に視線をまっすぐに向けた。

「はい、います」
躊躇うことなく、新一は答えた。

「バカ……」
思わず口を突いて出た言葉に、慌てて口を塞ぐ。その場から逃げるような思いで、足早に人の群れを抜けた。

「ですが、彼女の詮索は一切しないで下さい。僕はまあ仕方がありませんが、彼女は一般人です。どうか、その辺りのことをよく考慮して下さい。彼女や彼女の大切な人たちに、これ以上の迷惑を掛けたくはないので。では、失礼します」

新一の明瞭な声が遠くに聞こえる。その背後、不気味な静寂からは、ファンの子が花束を落としたのか、バサバサと音がする。ややあって、悲鳴にも似た黄色い声や感嘆の声が次々と上がった。

自然に歩けていたのかまるで自信が無いまま、どうにか玄関まで辿り着く。思わず、深呼吸を繰り返した。

「蘭、どうかした?」
「あ、園子、おはよう……」
心配そうに覗き込む園子に、苦笑を返すことしか出来ない。

間もなくして、新一がクラスの男子生徒たちと入ってきた。

「新一君、今日は何をやらかしたの?」
「別に」
園子の問い掛けに、新一の声はいつにも増してつれない。代わりに、周りの男子生徒たちが意味深な笑みを浮かべていた。

「いやー、それがさぁ、俺はてっきり、工藤が婚約発表でもおっぱじめるんじゃないかって」
「俺も俺も。それぐらいの勢いはあったよな?」
「オメーらなぁ。んなこと、ありえねーだろ、普通!!」
「でも工藤はほら、普通じゃないし……」
「あのなぁ……」

「ねえ、もしかして、新一君、あれだけの記者の前で、恋人がいる宣言でもしたとか?」
「さすがは鈴木!」
「道理で。で、まさか、蘭の名前は出してないでしょうね?」
「当たりめーだ」
「だとしても、しばらくは騒がしくなるんじゃ……」
「まあ、何とかなるだろ。一応、念を押してもきたしな」

そんな新一たちのやりとりを、私はどこか他人事のように聞いていた。
バツが悪そうに頭を掻きながら近付いてくる新一と、目を合わすことが出来ない。
「すぐに諦めさせるって言ったのに……、嘘つき」
なんて、つい憎まれ口をきいてしまった。

「別に隠すことでもないだろ? 悪いことをしてるわけじゃないんだし。全ては俺に任せて、蘭は堂々としていればいいから」
と、私の顔を覗き込んできて。そして、先ほどと同じように、ポンと私の頭を軽く叩いた。
「ほら、行くぞ」
「あ、うん……」

ホント、ズルイよね、新一は。そうやって迷いの一切無い余裕いっぱいの、それでいて、どこまでも穏やかな笑顔を見せられたら、これ以上、文句すら言えなくなっちゃうんだから ――――

Back  Next

留意が初めて書いた小説が main にある同じタイトルの「笑顔」で、一応、それと対応するよう、新一の笑顔で書いてみました。自分で書いておいてなんですが、どういうわけか、この新一、留意が書いたとは思えない人格なんだよな……(苦笑)。

▲ Page Top