デンキ

「私、これでいいや!」
「え? もう決めちゃったの、園子?」
「うん。こういうのは迷っても仕方が無いし、最初に目に付いたのにしようかなって。蘭は?」
「あ、うーん、まだちょっと……」
「そっか。じゃあ、先に戻って席取っとくからね」
「うん。ありがと」

事前の予告も無く、図書室に連れてこられたと思ったら、いきなり、何でもいいからこの図書室にある本を資料にコラムを書けだなんて。しかも、この時間で書けなければ宿題にするなんて言うし。

元々、国語は好きな教科だし、作文だって苦手じゃない。けど、こういう雰囲気の中では苦手。教室を出ての授業だからか、みんなどこかソワソワしていて。しかも、窓の外では雷鳴がずっと鳴り響いていた。

気分が乗らないまま棚を眺めながら奥に進むうちに、1冊の本に目が留まった。
(『ヴィクトリア調時代のロンドン』か。新一からホームズの話を散々聞かされてきたし、これなら書けるかも?)

その本は一番上の棚にあった。精一杯手を伸ばして、背表紙に触れたその時のこと。
「3番目の本でいいのか?」
「え?」
不意に手が触れて、その手の主を見るなり、誰の目にも明らかなほどに慌てて、その手を引いてしまった。

「何もそんなに驚くこと無いだろ?」
「あ、うん、ゴメンね。新一が傍にいるとは思ってなかったから……」
新一は私の反応になのか、答えになのか、盛大に眉をひそめていて。けれど、すぐにいつもの生意気な顔に戻った。

「ったく……、さっきのアレ、近くに雷が落ちたみたいな驚き方だったぞ?」
「え? あ、だって、本当にビックリしたんだもん……」
(あ、そうか、落ちたのかも? わずかに手が触れたその瞬間、身体中に電流が流れたかのようで ――――)

「まあオメーは、子供の頃から雷が苦手だからな」
「う、うん……」
(どうしよう? 顔を上げられない。鼓動がどんどん早くなっていく……)

「ヴィクトリア調っていえば、ホームズだよな」
と、俯いたままの私に新一が本を手渡してくれる。
私は「そうだったね」と曖昧に答えて。小さく息を吐き出して、思い切って顔を上げてみた。慌てたように視線を逸らした新一の顔は、気のせいか、少し嬉しそうに見えた。

「新一はどの本にしたの?」
と、できるだけさりげなく聞いてみると、新一は何も言わず、1冊の本を差し出した。
「『英国鉄道の歴史』って、あれ、ホームズモノじゃないの?」
「いや」と新一の口元が緩んだ。
「『ミステリーと鉄道』ってテーマで書くつもりだから」
「なるほど、そういうことね」

心とは裏腹に、いつの間にか、普通に話せてるから不思議。
そう、いつもと同じように。
このまま誤魔化しきれると思ってた。
それなのに ――――

「あ、あのさ、蘭……」
「え?」
「今度の土曜なんだけど……」
(どうしてここで、新一の顔が赤くなるの?)

「スピリッツ対ノワールの試合のチケットが手に入ったから、一緒にどうかなと思って……」
「え、あ、うん、多分、大丈夫だと思うけど……」
(またリズムが狂っていく ――――)

「おいおい、授業中だってーのに、何、イチャイチャしてんだ?」
「バ、バーロ、そんなんじゃねーって!!」
「おー怖っ!」

正直、助かったと思った。
あのまま、あの雰囲気のままだったら、きっと新一に心臓の鼓動を聞かれていたと思う。そんなことありえないとわかってはいても……

「それじゃあ、詳しいことは、また後で……」
去り際、僅かに頬を染めて言った新一に、私はただコクリと頷くことしか出来なかった。

最近になって、新一と幼なじみであることを少しだけ恨んでしまう。
物心が付いた頃からの二人で過ごしてきた記憶があるから、歴史があるから、何かのきっかけでこの先の未来を失ってしまうんじゃないかと不安になってしまう。 もし、高校に入学してから新一と出会っていたら、こんなにも恐れたりしなかったんじゃないかと。
かけがえの無い思い出があるから、それがどれだけ大切かを知ってしまったから、だから、怖い ――――

いつの日にか、自然に、そう当たり前のように新一の手を握れる日がくるのだろうか?
それが偶然ではなく、必然だと思える日がくるのだろうか?

そんなことを考えていたら、あっという間に時間が過ぎてしまっていた。
授業が終わるまで5分を切り、クラスメートが次々とレポートを提出する。その中に新一の姿もある。私はというと、最初の数行を書いただけで、その先へは進めぬままで。

「蘭にしては珍しいわね」
レポートを提出し終えた園子が心配そうに覗き込んでくる。
「あ、うん、今日は気分が乗らなくって……」
と曖昧に答えて、苦笑を返した。

園子の肩越しに、新一の微笑む姿が見える。相変わらず、遠くで雷鳴が響いている。その音とシンクロするかのように、未だに胸がきゅうってなり、その度に身体中にデンキが走り抜ける ――――

(やっぱり今日は無理ね。宿題にしよう)

Influenced song : デンキ 〜 『 4 To 3 』   by 小川美潮

おそらく、留意の人生でもっとも聴いてるアルバムが、この『 4 to 3 』だと思います。美潮さんの歌声は、いつも癒しを与えてくれるんですよね。
タイトル曲の「デンキ」は、美潮さんの曲の中でも特に名曲の呼び声が高くて(個人的には、同アルバム収録の「窓」の方が好きですが)、おそらく、男女を問わず、共感することができるんじゃないかな?
曲のイメージを崩さないように書いたつもりなんですが、まだまだ修行が足りないようです……(苦笑)。

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