街中がイルミネーションに彩られ、
甘い雰囲気に包まれていたクリスマスが終わって一ヶ月と経たないうちに、
今度は街中がチョコレートの甘い香りで包まれる。
そう、女の子達の“決戦”の日、バレンタインデーに向けて。

本 命!?

2月14日。
ここ帝丹中学でも、ご多分に漏れず、チョコレートをあげる側の女の子も、もらう側の男の子も、そして、なぜか教師達までもが朝からソワソワしていた。そんな学校中が浮き足だったような雰囲気も、放課後となる頃には、“決戦”の結果もそのほとんどが判明したこともあり、ようやく落ち着きを見せ始めていた。

ここ3年B組の教室でも、わずか数人の生徒が残るのみで、先程までの喧騒がまるで嘘だったかのように静寂さを取り戻していた。その中に、今日の“勝ち組”の筆頭と称される男子生徒が含まれていた。

彼の名は工藤新一。容姿端麗にして頭脳明晰。
その上、サッカー部で1年生の時からチームのエースとして活躍していた新一の元には、校内はもちろん、校外からも沢山の女の子達からのチョコレートが届いていた。その量は数知れず。そんな新一の様子に、クラスメートからは次々と冷やかしの言葉が浴びせられていた。

沢山のチョコレートにも、クラスメートの冷やかしの言葉にも、もちろん嫌な思いはしない。けれども、新一の心は晴れずにいた。それは、子供の頃から毎年必ずもらっていた、幼なじみからのチョコレートがまだだったからでもあるが、それ以上に、昼休みに偶然聞いてしまった、彼女と彼女の親友との会話に因るものだった。

「蘭って、本当に律儀っていうかさあ」
「えっ?」
「だって、そうでしょ? 担任や部活の顧問の先生にお世話になったからってチョコを渡す、それはまだ、わかるわよ。でもさあ、普通、部活や委員会の後輩にまでは渡さないでしょ?」
「そうなの? でも、ずっと一緒に頑張ってきたわけなんだし、ほら、私達ってもうすぐ卒業でしょ? だから、この機会に今までのお礼にと思ってね」
「お礼ってねえ……、まあ、いいわ。ところで、新一君にはもうあげたの? みんなに配ったのとは違って、新一君のはちゃんと蘭の手作りなんでしょ? 心を込めて作った世界でたった一つのとかなんとか言っちゃったりして」
「もう、園子ったら! 確かに新一の分は手作りだけど、園子が言うようなモノじゃないって! それに手作りのは新一の分だけじゃないし……」
「あ、そうか。おじさんの分ね」
「まあね。それに、今年は別に本命の分もあるから」
「え? ウソ? だって、蘭は……」

新一には、これ以上の二人の会話が耳に入らなかった。
それほど、新一にとって蘭の言葉があまりにも衝撃的なものだったのだ。

(蘭が好きになる男は自分であって欲しい)

いつの頃からか、新一はそう願うようになっていたのだが、その願いも蘭の思いもよらない言葉によって、今となっては虚しいものへと変わっていた。

気が付くと、教室には新一を残すのみとなっていた。
外の景色はオレンジ色に染まりつつある。そろそろ家に帰ろうと教室を出ようとしたその時、今の新一には一番会いたくない人物と遭遇することとなった。

「な、なんで、新一が教室にいるのよ?」
「別に何だっていーだろ? オメーこそ、こんな時間まで一体何やってたんだ?」
「何となく久しぶりに空手部に顔を出したら、こんな時間になっちゃっただけよ。でも、新一がいてくれて良かったわ。今日は丁度、新一に頼みたいことがあったし」
「頼み?」
「うん。あ、そうだ。その前に、はい、コレ。毎年恒例のことだから」
「お、おお。サンキュー」

ずっと待っていたはずの幼なじみからのチョコだが、今の新一にとっては、これ以上、受け取り辛いものはなかった。

「で、何だよ、俺に頼みっていうのは?」
「うん。あのね、これからちょっと付き合って欲しい所があるの。これをどうしても渡したい人がいるんだけど、その人の所に行くには一人じゃちょっと行き辛くってね」

(よりによって何で俺に頼むんだよ。その手に持っているのがいわゆる蘭の“本命チョコ”なんだろ?)

そんな新一の心の内など蘭にはわかるはずもない。
最初は断ろうとも思ったが、蘭の屈託ない笑顔と、蘭のハートを射止めた相手とやらを見定めようとの思いから、新一は蘭の頼みを受け入れることにした。

ここは、米花町のとあるビルの1階ロビー。時間は夕方の5時になろうとしていた。

「なあ、蘭。本当にここに俺が居て、その相手を待ってていいのか?」
「うん。だって、実を言うと、このチョコを渡す相手ってお母さんなんだもん」
「え、おばさんに?」
「うん。これをお母さんが作ったことにしてお父さんに渡してもらおうと思ってね。これで、お父さんとお母さんが少しでもいい雰囲気になってくれればっていう作戦なの。それにしても、お母さん、遅いなあ。時間に遅れる人じゃないんだけど……」

(ハハハ……、まさか、本命がおばさんとはねえ。ったく、蘭のヤツ、くだらねー心配を掛けさせやがって。ま、待てよ、蘭のおばさんは確かガキの頃……)

「蘭、おばさんとの約束を5時なんだろ。それなら、もうすぐ来るだろーからさ、俺、帰るわ」
「え、どうして? これまで待ってくれたんだし、お母さんが来るまで居てくれるんじゃないの?」
「悪い、ちょっと、用事を思い出してさ。じゃあな!」

(あのおばさん、俺、苦手なんだよ。まあ、蘭の本命の相手もわかった事だし、長居は無用。 このまましばらくは笑いが収まりそうにないし。なあ、蘭。その内、俺にも本命チョコをくれよな!)

ちなみに、新一を巻き込んだこの蘭の作戦が功を奏すことはなかった。
なぜなら、蘭の母の英理は料理が苦手だったため、普通に食べることができるチョコを英理が作ったとは、蘭の父小五郎には、到底、信じ難いものであったからである。

今日はバレンタインデーということで慌てて書いてみましたが、う~ん、出来悪過ぎ(苦笑)。
その内、暇を見て書き直すかも?

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