「それで、ホームズはこう言ったんだ『民の声は神の声。クロッカー船長、君を釈放する』ってね」
そう言って、得意満面に笑みを受かべるコナンは、正に新一の子供の頃の生き写しのようだった。
最初は、蘭がコナンに寝かし付けようと読み聞かせをしていたはずだった。なのに、いつの間にか、コナンが蘭に憧れのホームズについて熱弁を振るっている。
(ミイラ取りがミイラになっちゃったわね……)
日に日に新一に似ていく我が子の成長振りに、『DNAって凄い!』と妙に感心してみたり、反対に少しだけ嫉妬してみたり――――
そんな蘭の思いを知ってか知らずか、コナンは嬉々としてホームズの話を続けている。蘭は十数年前の同じ光景を思い出していた。
「ねえ、お母さん? もう10時を過ぎたけど、僕、まだ寝なくていいの? いつもなら、9時には寝なさいって言うのに……」
「え? あ、それは……」
一人で時間を過ごすのが心細くて、無意識のうちにコナンが眠らないように話に聞き入っていたことに気付き、蘭は急に気恥ずかしくなり苦笑を返す。
「ほら、明日は保育園もお休みだし、今夜は少しぐらい夜更かししても良いかなぁって思ってね」
蘭の言葉に、コナンはあからさまに怪訝な表情を浮かべる。が、すぐにその済んだ瞳の奥が輝いた。
「そっか! もしかして、お母さん、一人になるのが怖いんでしょう? 昼間、怖いテレビを見たから!」
コナンの言うことは図星だった。
偶然見た正月映画特集の番組で紹介された作品の一つがホラーで、タイトルからファミリー向けのファンタジー映画だと思い込んでいただけに、そのグロテスクな映像がずっと脳裏を離れずにいたのだ。
「そ、そんなことないわよ!」
と慌てて繕ってみても、時既に遅し。
「僕に嘘を付いたって無駄だよ! どうせ、お父さんはいつ帰ってくるかわからないんだし、今夜は僕がお母さんと一緒に寝てあげる!」
ニッっと笑みを浮かべたかと思うと、コナンは左手に自分の枕を抱え、右手は蘭の手を取り、蘭に有無を言わさず、当たり前のように新一と蘭の寝室へと向かった。
(変にフェミニストなところまで、新一にソックリなんだから――――)
星が瞬く寒空の中、新一が自宅に戻ったのは11時を少し回った頃だった。
いつものように、寝ているはずのコナンを起こさないよう、チャイムを鳴らさずに玄関のドアを開ける。いつもならすぐに出迎えるはずの蘭の姿がない。1階を見回してしてもその姿はなく、新一は着ていたコートを脱ぐのも忘れ、そのまま2階へと向かった。
階段を上りきるか否かのうちに聞こえてきたのは、既に寝ているはずのコナンと蘭の話し声。しかも、子供部屋ではなく自分たちの寝室からだった。
「あ、お父さん!」
「お帰りなさい、新一!」
「ああ、ただいま……」
(何でコナンが俺のベッドに、しかも、当たり前のように蘭の隣にいるわけ?)
息子とはいえ、踏み入って欲しくない場所に勝手に入られたような気がして、新一は僅かに不機嫌になる。それが、不毛な嫉妬だとは、当の本人は全く気付いていない。
「寒い中、今夜もお疲れ様でした。ねえ、夕食まだだよね? すぐに用意するから、新一も着替えちゃってね。えーっと、コナンは……」
「僕も一緒に下に行くよ。だって、まだ全然眠くないし。ねえ、お母さん、良いでしょ?」
「仕方が無いわね、今夜だけよ?」
「うん!」
親子なのだから楽しそうに話をしていても何ら問題はないはずなのに、今の新一には逐一癇に障る。
「あのさー、何でこんな時間までコナンが起きてて、その上、俺たちのベッドにいるんだ?」
「あの、それは……」
「お母さんが、一人じゃ怖いって言うから、僕が一緒に寝てあげるって言ったの!」
「昼間にたまたま見たテレビが、凄く怖いホラー映画を紹介する番組だったの。それで……」
「だって、お父さんはいつ帰ってくるかわからないでしょ? もしかしたら、今夜は帰って来れないかもしれないし。だから、今夜は僕がお母さんの側にいてあげようと思ったんだ!」
蘭を守るのは自分だと言わんばかりに、コナンは得意満面の表情を浮かべている。
「ふーん、そういうことね……。じゃあ、お前の役目はもう終わりだな、コナン? 俺が帰ってきたんだから、いつも通り、今夜は自分の部屋で寝れよ、な?」
「えぇー!? もう約束しちゃったから、今夜は僕、お母さんと一緒に寝るもん!」
コナンがこう切り返して来るのは、新一にとっては予想通りだった。
「ダメだ。ここは俺と蘭の寝室で、お前の寝室は別にちゃんとあるだろ? 別々の部屋に寝るのは、お前が物心付く前の決まりごとだったよな?」
「でも……、だって……、僕……、一人じゃ……」
「お前さ、自分で蘭の側にいてやるって言ったんだろ? ってことは、当然、お前は怖くないってことだよな?」
「う、うん……、でも……」
「コナンだって、怖いんだよね? だから、お母さんと一緒におてくれるって言ってくれたんだよね?」
「うん……」
「ねえ、新一。今夜くらい、三人で一緒に寝たって良いんじゃない? 二人の騎士が側にいてくれたら私も安心だし、ね?」
「ったく……、今夜だけだからな!」
「うん!!」
(コイツが目を潤ませたりなんかすると、蘭にそっくりなんだよなぁ。俺がその目に弱いってことを知ってか知らずか、わざと泣き真似なんかしやがって……、コイツ、ホント確信犯だな)
新一は盛大に溜め息を零した。
「そういうことだから、悪いけど、蘭、下行って、晩飯の用意してもらえるか?」
「うん。それじゃあ、すぐに用意するね」
蘭が部屋を出てコナンと二人きりになったところで、新一は今更のように自分の大人気なさに気付く。一人してやったりという顔の息子に見えぬよう、僅かに苦笑いを浮かべた。
「さてと。さぞ、満足でしょうね、コナン君? 本当は怖くも何ともないくせに」
「まあね。それより、お父さんはもちろん、一人でも怖くないんだよね?」
「当たり前だっつーの」
「だったら、今夜は僕とお母さんは僕の部屋で一緒に寝て、一人でも平気なお父さんがここで寝れば?」
「オメーって奴は……、その狡猾さは一体誰に似たのやら……」
「お母さんじゃないってことだけは確かだよね?」
「そう、だな……」
基本的に親子モノの時には、初代 VS 2代目?のコナン対決を本筋と関係なくても書くようにしているんですが、いざ本筋で書いてみると、どうにも中途半端な出来になってしまいました(苦笑)
ところで、タイトルの「ナイトは!?」には、『夜は』と『騎士は』の意味を懸けてあるんですが、お気付きになったでしょうか? 書き進めるうちに、「DNA」もありかなと思ったしもしたんですけどね。
ちなみに、冒頭のセリフは「アビ農園」事件のものです。