くもり時々雨、のち晴れ

連休も後半というこの日、蘭は工藤邸を訪れていた。
自分の誕生日だというのに、何故か毎年忘れてしまっている幼なじみを祝うために……

この日のために特別に準備されたリビングのテーブルには、新一の好きな料理や、蘭のたどたどしい文字で『しんいち、おめでとう』と書かれたバースデーケーキが並べられている。これらは、有希子に教えてもらいながら、蘭が一生懸命に手伝った料理の数々だった。

お気に入りのワンピースを着て、その手には、溢れるほどの大きさの包みが抱えられている。ずっと前から悩んで悩んで、やっと選んだ誕生日プレゼントだった。

(新一ったら、どうして自分の誕生日なのに、忘れちゃうんだろう?
こうなったら、これからずっと、私が新一の誕生日を思い出させてあげるんだから!)

同じ頃、新一は提無津川の河川敷のサッカーグラウンドにいた。

「おーい、新一。試合の前日なんだから、今日はもう、それくらいにしておきなさい」
「もう少しだけ、練習させて下さい」

練習中、新一はずっとイライラしていた。
(ったく、蘭の奴、ゴールデンウィークになってから、一度だって練習を見に来てねーじゃん。前は毎日のように見に来てたくせによ!)
自分でも何故だかわからないモヤモヤとした感情を打ち払うかのように、新一は力一杯ボールを蹴り飛ばした。

「おかしいわねぇ……。いつもなら、もうとっくに帰ってきている時間なのに……」
有希子は困った顔で時計を見つめた。時計の針はいつの間にか18時を回っていた。

「きっと、優ちゃんに似ちゃったのよ! 新ちゃんが時間にルーズなのは!!」
「あのなぁ、有希子……。今日は元々、新一に何時までに帰るように、と約束はしていなかったはずだが?」
優作の問い掛けに有希子は答えず、腕組みをしながら仁王立ちしていた。
「しかし、試合の前日とは言え、少々遅すぎるかもな……」
(困ったもんだな、新一には。蘭君にこんなにも不安そうな顔をさせてしまって……)

待ちくたびれてしまった蘭は、30分ほど前から新一へのプレゼントを大事そうに抱え、しゅん、とうなだれるようにソファーに座っていた。

更に30分後。
「本当に新ちゃんったら、今日に限ってどうしちゃったのかしら……」
有希子の言葉に急に不安を覚えたのか、蘭の瞳から涙が零れ出す。
「ゴメンね、蘭ちゃん。今、優作に迎えに行ってもらうから、もう少しだけ、待ってもらえるかな?」
涙を湛えたまま「うん」とだけ答え、蘭は小さく頷いた。

優作がリビングを後にするのと同時に、玄関のドアが開く音が響いた。
「ただいまー! あー、腹減ったーー!!」
「新一!!」
「え?」
僅かに怒気を含んだ優作の声に、新一は思わず目を見張った。
「とにかく、早くこちらに来なさい!」

困惑の表情を浮かべたまま、優作に促されて新一がリビングに向かうと、やはり怒った風に仁王立ちする有希子と、目を赤くした蘭の姿が目に映った。

「え、何で?」
「何ででないわよ、新一! 今日は何の日だと思ってるの!」
「何の日って……、今日は5月4日だから、ホームズがモリアーティーとライヘンバッハの滝つぼに落ちた日だよな……、でも、それで、何で蘭が泣いてるんだ?」
「ったく、お前って奴は……」
言って、優作は呆れたように、盛大に溜め息を付く。
「この状況を見て、どうしてわかんないの!!」
有希子の声も語気が強くなっていた。

見慣れないテーブルの上には自分の好きな料理とケーキ、蘭が着ているのは、この間、お母さんに買ってもらったのだと自慢していた赤いワンピース。その手には、大きなキャンディー型の包み……

「もしかして、俺の誕生日?」
「ああ、そうだ。蘭君はお前の帰りをずっと待っていてくれたんだぞ?」
新一が視線を向けると、蘭はコクリと小さく頷く。
「それに、ここにあるものはみんな、蘭ちゃんが手伝ってくれたものなのよ!! 蘭ちゃんにちゃんと謝りなさい、新一」
「おじさまもおばさまも、もう新一を怒らないで。新一、明日の試合のためにずっと頑張ってたんだもん。だから……」

「……蘭君に感謝しなくては、新一? とにかく、その泥だらけの姿を何とかして、早く着替えてきなさい」
「あ、うん。今日はその…… 悪かったな、蘭。今すぐ着替えてくっから、もうちょっとだけ待っててくれよな?」
「うん!」
新一の言葉にぱっと顔を明るくすると、蘭は優作と有希子の方に向き直り、ぺこりとお辞儀をしてみせた。

「それ、俺の誕生日プレゼントだろ?」
リビングの戻るなり、新一は開口一番に口を開く。
「そういうのは、自分から催促するものでないでしょ、新ちゃん?」
有希子がたしなめるのも無視して、新一は蘭の横にちょこんと座った。

「開けてもいいか?」
「もちろん!」

キャンディー型をした大きな包み紙を開けると、中にはスポーツタオルと手作りらしいクッキー、そして、やはり手作りのミサンガが入っていた。
「そのクッキーとミサンガ、おばさまに教えてもらいながら、蘭が作ったんだよ」
「もしかして、ここのところ練習を見に来なかったのって、これを作るためだったとか?」
「うん。明日の試合で、着けてもらおうと思ってね」
言って、蘭はふわりと笑う。
今日ずっとイライラしていたことが、どれほど無駄だったかを知り、新一は思わず苦笑した。
「ありがとう、蘭」

「2人ともお腹が空いてるでしょ? そろそろご飯にしましょう?」
「「はーい!!」」
返事をする2人の声は明るく、見事なまでに重なっていた。

「なあ、蘭。明日は試合を見に来てくれるんだろ?」
「もちろん!! 一生懸命応援するからね」
「じゃあ、すげーカッコイイシュートを見せなきゃな!」
「うん。あ、それより、新一……」
「ん?」

「お誕生日おめでとう!!」

相変わらず、後半が強引でして……
しかも、新一が子供っぽ過ぎるよなぁという気がしないでも……(苦笑)

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