「もう、またソファで寝てるんだから!」
「あ、ん? うーん……、蘭か……、おはよう……」
「あのねぇ……、もう10時過ぎよ? 『おはよう』じゃないんじゃない?」
「……だな……」
未だ視点の定まらない様子の新一に、蘭は半ば呆れつつもホッとしていた。
(良かった。事件を抱えていなさそうで)
手にしていた旅行カバンをその場に置き、そのままキッチンに向かった。
昨夜、いつもより早く帰宅した新一は、一人で過ごす時間を持て余していた。蘭はこの日、いつの間にか恒例となっていた、園子との旅行に出かけていたのだ。
昨夜は結局、軽い夕食を済ませると、そのままリビングでお気に入りの推理小説を読み耽り、いつの間にか眠ってしまったらしい。
新一は重い身体を強引に起こす。ソファーに座ったまま手足や首をゆったりと動かしているうちに、蘭はマグカップを手に戻ってきた。
「はい、濃い目に淹れてきたからね。こんな時間だけど、ご飯はどうする?」
「ご飯はとりあえずいいかな。それより、書斎の机の上から荷物を取ってきてくれないか?」
「ええ、いいけど……」
「悪りぃーな」
蘭が書斎に向かったのを確認し、新一はコーヒーを一口含み、フゥーと大きく吐き出す。
(たまには、こんなバレンタインも悪くないだろ?)
間もなくして、蘭は慌てた様子で戻ってきた。
その右手には、カードが添えられ綺麗にラッピングされた紙袋があった。
「ねぇ、どういうことなの、新一?」
「別にバレンタインは、女からだけしか思いを伝えちゃいけないってものではないだろ?」
「それはそうだけど……」
「まあ、とりあえず開けてみろって」
「う、うん……」
シンプルなデザインのカードに書かれていたのは、
『 Happy Valentine's Day !
Thanks for being there for me in the good times & bad !! 』
そして、紙袋の中には――――
「え? 嘘?」
「そいつが欲しかったんだろ?」
「うん……、ありがとう」
「今の俺があるのは、蘭がいつも側にいてくれたお蔭だし。たまには、感謝の気持ちも表しておかないとな」
ことは半日以上前にまで遡る。
いつものように事件の真相を見抜き、張り詰めていた緊張の糸が僅かに緩んだ時、何故だか急に蘭の笑顔が新一の脳裏を横切った。今までにそんなことは無かっただけに少し戸惑ったものの、次の瞬間、あるアイディアが浮かぶ。そして、気が付けば、事情聴取の立会いの誘いもパスし、新一は不審がる馴染みの刑事たちの視線をよそに、事件現場を飛び出していた。
2月13日、閉店間際のデパート。
翌日の“決戦の時”を控えた女性たちの独特の雰囲気の中、バツの悪い思いをしながらも手に入れたのは、発売されたばかりの『フサエブランド』の新作バッグ。数日前、その新作バッグ発表のニュースを見ながら、蘭が漏らした『素敵なデザインね』という一言を、新一が覚えていたのだ。
「それじゃあ、改めまして」
と言うと、新一は急に改まって、蘭の前で膝をつき、蘭の手を取った。
「God sent me an angel. Will you marry me Angel ? 」
思いがけない新一の行動に、蘭は困惑し、そのまま立ち竦んでしまった。
けれど、微動だにしない新一の姿に、直ぐに我に返る。
蘭の頬は紅く染まっていた。
「バカ、今更、断る訳ないじゃない……、もちろん、『YES』なんだから…」
「ありがとう、蘭」
そう言うや否や、新一は蘭はぐっと引き寄せ、そして、そのままゆっくりと唇を重ねた。
「驚いた?」
「当たり前でしょ? もう、ホント、新一はズルイんだから……。せっかく、いち早く新一にチョコレートを届けようと思って来たのに……」
セリーヌ・ディオンの「Because you loved me」をイメージして書いてみたんですが……
穴があったら入りたいです(苦笑)
ちなみに、「I'm everything I am … Because you loved me」で、「今の私があるのは、貴方が愛してくれたから」の意味です。