Je peux prendre les mains ?

「なぁ、母さん。もう充分撮っただろ? いい加減、蘭を解放してくれよ、な?」
「だってぇー、今日の蘭ちゃん、凄ーく可愛いいだもん! だから、もうちょっとだけ、ね、いいでしょ?」
「何度も言うようだけど、来週には成人式もあるんだし、その時にまた改めて撮れば良いだろ?」
「でもー、成人式の時は、違う着物だし……、だったら」
「あのさぁ、いい加減にしろよ?」
「新ちゃんったら、怖ーい」
「あのなぁ……、ったく…」

一向に悪びれる様子もない有希子に、新一は我が親ながらと呆れるしかなかった。

ここは、工藤邸の玄関先。
ことの始まりは、新年の挨拶に蘭が振袖姿で訪れたことによる。
翌週には成人式を控えていただけに、新一にとっても有希子にとっても、蘭の振袖姿は思いがけないものだった。その為、急遽、有希子による蘭の撮影会が始まり、ビデオ、デジカメ、そして、一眼レフへと次々とカメラを変え、気が付けば、撮影時間は優に30分を超えていたのだ。

新一にしたって、有希子の気持ちがわからないでもない。
鮮やかな紅の振袖を纏った蘭は、本当に綺麗で可愛らしくて――――
最初にその姿を見たときには、暫し、その場から動けなくなったくらいなのだから。

「蘭、母さんのことはもういいから、ほら、行くぞ?」
「え? でも、それじゃあ、おばさまが……」
「いいから、いいから!」

――― この様子では、いつまで経っても終わりそうにない
そう判断した新一は、蘭の手を取り、半ば強引にその場を後にした。
突然の強硬手段に、有希子が新一の後姿に文句を浴びせ続けたことは、言うまでも無い。

今日、蘭が工藤邸を訪れたのには、新年の挨拶の他に、新一と初詣に行く約束の為だった。
いつの頃から、こうして二人で初詣に行くことは、年初めに欠かせない大切なイベントの一つとなっていた。

「悪ぃーな、蘭、母さんのせいで。慣れない格好だし、初詣の前から疲れたんじゃねぇーのか?」
「うーん……、ちょっとね。でも、大丈夫だから」
「それならいいんだけど……。それにしても、まさか今日、振袖で来るとはな」
「やっぱり、驚いた?」
「まあな」
「私もね、大晦日の夜までは普通の服にしようって思ってたんだけどね」
「大晦日に何かあったのか?」
「うん、ちょっと長くなるけどいい?」
「ああ」
「話は更に遡るんだけど、この間、私、お母さんと成人式の写真の前撮りをしたでしょ?」
「あ、ああ……」

それは、2週間ほど前のある晴れた日のこと。事件の捜査で杯戸町にいた新一は、早々に事件を解決し現場を立ち去ろうとした時に、偶然、道路を挟んだ真向かいの店に蘭と英理の姿を見つけた。その時の蘭は、今日とはまた趣の違う、華やかさと艶やかさで……。その姿を思い出し、新一は思わず歩みを止めていた。

「どうかしたの、新一?」
「え? あ、悪い。何でもないから。それより、その前撮りがどうかしたのか?」
「あ、うん。その日、写真を撮り終わった後にね、お母さんが一瞬だけ、悲しそうな顔をしたの。でも、その時はすぐに着替えなくちゃならなかったこともあって、どうしてそんな顔をしたのか理由を聞けなくてね。それからずっと気になってて……」
「じゃあ、その理由を大晦日に聞いたってことか?」
「うん。何となく、気になったまま年を越したくなかったから」
「それもそうだよな。で、その理由っていうのは?」
「あのね、この振袖は実はお母さんが成人式で着た振袖なの。お母さんは、ずっと前から私にもこの振袖を着て成人式に出席して欲しいと思っていたらしいんだけど、ほら、私の成人式の着物は新一も知っての通り、お父さんが買ってくれたでしょう? お父さんもお父さんで、子供の頃から私の振袖は俺が買ってやるんだって意気込んでいたし。お母さんもそんなお父さんの気持ちを知っていたから、ずっと言い出せなかったみたいなの」
「それで今日……」
「うん。お母さんの気持ちは凄く嬉しかったし、少しでもお母さんの望み通りになればと思ってね。だから、無理を言って今朝、着付けてもらったんだ」

蘭が子供の頃から両親の思いを大切にしてきたことを、いつもすぐ側にいた新一は誰よりも知っていた。特に両親が別居してからは、自分の思いを押し殺してでも、両親の思いを蘭は一番に考えていた。小五郎が買った振袖というのも、蘭の趣味というより、小五郎の好みの方が色濃く表れていたくらいだった。

「それに……」
「ん?」
「あ、ううん。それより、相変わらず凄い人出だね?」
「あ、ああ」

そうこうしているうちに、いつの間にか、二人は目的の神社の前まで辿り着いていた。

穏やかな気候に恵まれたということもあって、神社の境内は参拝客で溢れていた。ゆったりとした人の流れの中に、新一と蘭も溶け込んでいく。30分ほどは経過しただろうか? ようやく新一と蘭も神前に辿り着き、それぞれの思いを胸に手を合わせた。

最後に深く頭を下げ、例年のように、人の流れに沿っておみくじ売り場へと向かう。
おみくじ売り場は神前から階段を数段下った先にある。その階段に差し掛かった時、新一は何も言わず、そっと蘭に手を差し出した。

「着物姿で歩くのは慣れてないだろうだろ? 折角の大切なおばさんの振袖を汚すようなことになったら困るだろうし、ほら、階段を下りる時くらいは手を貸してやるからさ」
「え?」
「後の人にも迷惑だろ? ほら、早く……」

視線を逸らしたまま、少しぶっきらぼうだけど優しさの溢れる言葉と、ぎこちなく差し出された手の温もりに、こみ上げる嬉しさと愛しさを蘭は止められそうになかった。

「ありがとう、新一」

おみくじを引き終え、境内から出ようという時、二人は思いもよらない声に思わず足を止めた。

「なあ、あの二人ってさ」
「あ、蘭お姉さんと、新一お兄さんだ!」

声をする方に視線を向けた先には、二人にとって大切な小さな友人たちと、彼らの一応の引率者である阿笠博士の姿があった。

「お二人も初詣に来ていたんですね」
「まあな」
「蘭お姉さんの着物姿、とってもきれい!」
「ありがとう、歩美ちゃん」
小さな友人の言葉に、蘭は思わず頬を染める。

「あれ? 確か二人とも来週の成人式に出るはずじゃなかったのかの?」
「ああ、そのつもりだけど?」
「その日、事件があってもか?」
「まあな。どうせ式そのものは1時間くらいだしさ」
「それもそうよね。こんなに綺麗な蘭さんを危険にさらすような真似はしたくないでしょうし」
「それ、どういう意味だよ、灰原?」
「あら、そのままの意味だけど? でも、2週続けて振袖って、蘭さん、大変じゃないの?」
「うんまあ……。でも、振袖は着れる時に着ておかないとって思って……」

蘭のこの言葉の意味を誰よりも先に理解したのは、質問を投げかけた哀だった。念の為に蘭の左手を確認して、哀はその思いを確かなものにした。

「ところで、お二人さん。私たちに何か報告しなくちゃならないことが、あるんじゃないのかしら?」
「今日はまた、やけに鋭いな?」
「どうして、そのことを?」

二人が驚くのも無理のないことだった。
この時、蘭の左手薬指には婚約指輪がはめられていたのだから、それを見れば、確かに二人の婚約も想像できるだろうが、元々英理の体に合わせた着物なだけに、蘭には袖が少し長めで、指輪の存在は確認しづらいはずだった。

「振袖は確か、独身女性の正装だったはず。その振袖を着られる時に着ておかないとと言うってことは、普通に考えれば、独身じゃなくなる日が近いってことよね? それに、指輪もちらっとだけど見えたから」
「アメリカ育ちのオメーが、そんなことを知っていたとはな」

突然の話の流れに、残りの誰もが驚きの表情を浮かべ、博士に至っては、完全に言葉を失っていた。

「それじゃあ、お二人は……」
「もうすぐ、結婚するの?」
「うん……」
「何だよ、どうして、そんな大事なこと、俺たちに隠してたんだよ?」
「そうですよ。二人とも、水臭いですって」
「ゴメンね。別に隠すつもりは無かったのよ。ただ、結婚が決まったのが、みんなが冬休みに入ってからのことだったし、年末年始で何かと忙しかったりで……」

その後も暫く、子供達からの嬉しくもあり、照れくさくもある執拗な責めは続いた。
そして――――

「そうだ! ねえ、これからみんなで、新一お兄さんと蘭お姉さんの婚約をお祝いするパーティーをしない?」
「いいですねぇ」
「おう! 俺たちに黙ってたんだし、もちろん、嫌だとは言わせないからな?」
「これ君たち、二人の都合も聞かないことには……」
「どうする新一?」
「そうだな。その格好で街に行くのも何だし、かと言って、出掛けのことを考えれば俺の家にも帰り辛いし、蘭の家にしてもおじさんやおばさんがいるからな。だったら、こいつらの申し出をありがたく受けた方が賢明かもな」
「それじゃあ、二人ともパーティーに参加して貰えるんですね?」
「ああ、喜んで」
「「「やったぁー!!」」」
「では、2時間後に博士の家に集合ってことにしませんか?」
「俺たちはそれで良いよな?」
「うん」
「博士も構いませんよね?」
「あ、ああ……」
「そうと決まったら、急いで準備しなくちゃ!」
「新年早々、賑やかになりそうね」

かくして、穏やかな日差しの下、大いなる喜びに満ちた、新たなる1年が始まった。

後半がかなり強引ですね(苦笑)
普通、成人式って、その年度内に20歳になる人が出席しますよね。それでいけば、新蘭の出席は翌年となるはずなんですが、話の都合上、19歳で出席してもらいます(笑)
ただ、一応断っておきますけど、留意の同級生の中にも住んでいる地域の関係で、留意より1年早く成人式に出席した人が結構いたということもあり(今はどうかわかりませんが)、決して、無茶苦茶な設定と言う訳ではないんですよ。

あと、作中で新一が哀ちゃんのことを灰原と読んでますが(設定では、この時は既に阿笠哀として生活してます。詳しくは「fragile」にて)、これにはそれなりに理由があります。その辺りについては、いずれまた…(補足として、哀ちゃんも工藤君と呼び続けています)。

最後に。タイトルの発音は、「ジュ プー プランドゥル レ マン」 で、
意味は『貴方の手を取っていいですか?」です。

▲ Page Top