「う、うーん…」
心地良い気だるさの中で目を覚ますと、見慣れない光景が広がっていた。
(確か、昨日の夜は、この部屋で私たちが生まれた年のワインを二人で飲んで。
その前は、このホテルの最上階のバーで、生バンドの演奏を聞きながら、美味しいカクテルを飲んで。
そして、その前が ・ ・ ・ あ!)
曖昧だった意識がハッキリしていくにつれ、身体中が熱くなり、小刻みに震え始める。
『蘭、俺と結婚して欲しいんだ!』
(夢じゃないよね?)
祈りにも似た気持ちで左手をかざすと、薬指に確かな証拠の指輪がある。
(良かったぁ♪)
自然とこぼれる笑みは、震えと共に止められそうになかった。
「あれ、新一?」
幸せに浸っていたせいか、隣にいるはずの新一の姿がないことに気が付いたのは、すぅーっと大きく深呼吸をした後のことだった。
ベッド脇のデジタル時計に目をやると時間は7時過ぎ。カーテンは閉じられたままで、昨夜眠りに着く前とほぼ同じ状態。ベッドには温もりがまだ残っていた。
その温もりを感じながら、瞳を閉じ、今度は小さく息を吐き出す。
すると、今まで気付かなかった声が聞こえてきた。
「…ええ、…はい、では、そうして下さい……」
(たとえクリスマスでも、お休みって訳にはいかないのね、探偵さん?)
思わず苦笑いを浮かべる。
――― でも、きっと新一の方がバツの悪い顔をしているに違いないから
そんな風に思ったら、自然と体が動いていた。
ドレッサーの引き出しからペンとメモ帳を取り出し、声のする方へと向かう。
案の定、私の顔を見て驚きの表情を見せる。けれど、電話の口調は至って丁寧なまま。
私が差し出したメモ帳とペンを受け取り、申し訳無さそうに軽くウィンクをして、ちょこんと頭を下げた。
「…はい、では、後ほど…」
クリスマスに似つかわしくない言葉がメモが埋め尽くし、新一の電話は終わった。
「もしかして、高木刑事から?」
「あ、ああ…」
「やっぱり! 何度も新一が『気にしないで下さい』って言ってたから、そうかなぁと思って」
そう言って少しだけ得意げに微笑んで見せたら、
「何なら、蘭も探偵になるか?」
なんて言って、新一も自嘲気味に笑って見せる。
でも、次の瞬間、真剣な表情に変わって。
「悪ぃー、蘭。余計な気を使わせちゃって…」
と、本当に申し訳無さそうに謝って。
(全然、わかってないんだから…)
少し前の私なら、確かにここで慌てていたかもしれないし、不安になっていたかもしれない。
でも、今の私は違う。
新一が必ず私の元に帰ってきてくれると信じてるから。
「私に遠慮はいらないから、事件現場に行ったら?」
だから、私は笑って貴方を送り出せるの。
けれど、新一からの返事は意外なものだった。
「今日はずっと蘭と一緒にいるって。だから、心配すんな、蘭?」
「え? だって、さっき電話を切る時に、では後ほどって…」
「あれは推理が纏まり次第、こちらから電話しますって意味」
「そうなの?」
「ああ。だから、今から少しの時間だけ探偵に戻るけど、その後は、ちゃんと蘭の婚約者に戻るからさ」
「え!?」
(やっぱり、わかってない。
こんな場面で、そんなことをさらっと言うなんて… ズルイよ…)
赤くなった顔を隠そうと、視線をわざと外す。
なのに、いきなり強引に引き寄せられて、新一の腕の中にしっかり収められて。
「今も昔も、そして、これからも、ずっと蘭の側にいるから」
と、触れるように軽くキスを落として。
「バカ…」
ますます早くなる鼓動は、きっと新一の胸にまで響いてる。
知らず知らずのうちに溢れ出した涙にも気付かれている。
私は完全に言葉を失ってしまった。
「何なら、毎日、毎朝、耳元で蘭の名前を呼んでやろうか?」
その言葉に、私は思わず顔を上げる。
見上げた先には、いつものように得意げな表情を浮かべる新一の顔があった。
暫しの沈黙の後、急に笑いがこみ上げてきて、
「それは無理!」
と、キッパリ言い放ってしまった。
「はぁ? 何でだよ、蘭?」
一瞬にして、不機嫌そうな顔を浮かべる新一。
「だって、今まで私より早起きできたことって、数えるくらいしかないでしょう?」
「あっ」
新一の視線が僅かに泳ぐのを確認して。
「何だったら、毎朝、私が新一を起こしてあげるけど?」
と、わざと意地悪っぽく言ってみた。
(何もわかってない貴方が悪いのよ、新一?)
もう不安になる必要は無いのよね。
もし、少しだけ自信が無くなったら、思い出せばいいのだから。
新一がくれた言葉の一つ一つを。
私の心を射抜いた、あの穢れ無き真っ直ぐな瞳を。
一応、クリスマスモノのつもりで書いたんですが、作中の日付に合わせて、12月25日のUPです。
ちなみに、タイトルの発音は「オニ ジョルノ オニ イスタンテ ドルチェメント ティディロ」で、
意味は『毎日、毎時、優しく君に言おう』 らしいです。(←らしいって、オイ!・苦笑)