lead me!?

「いやー、いつも助かるよ、工藤君! 君のお蔭で今回の事件もあっという間の解決だったし。今日もこの後、被疑者の事情聴取に立ち会ってくれるのだろう?」
「すみませんが、今日はこのまま帰らせてもらえますか? まだ昼過ぎだし、ここのところずっと忙しかったから、この週末くらいは、家族でゆっくりしたいんですが……」
「おお、すまんすまん。そういうことなら、我々も今日明日は君に協力を頼まないようにしなくてはならんな」
「よろしくお願いします」

人間とは不思議な生き物で、暑い日が続くと不快感が増す影響からか、犯罪が増えることも珍しくない。
それは、記録的猛暑が続いたこの夏も例外ではなく……、おかけで、長かったはずの夏休みも、連日の捜査依頼であっという間に終わってしまった。そう、大学生活最後の夏休みが。夏休みが終わってからも、その忙しさは今日まで続いていたわけで――――

いつものように目暮警部からの依頼で、朝から捜査に協力した事件が思いのほか早く解決し、解放されたのがお昼過ぎ。9月も3分の1が終わろうという今日、ようやく1日半という休みを確保した。

『家族でゆっくりしたい』

これは、ここのところ一人息子を寝顔でしか見ていなかっただけに、俺にとっては切実な願いだった。
つい先日、1歳になったばかりの息子コナンは、言葉も少しづつ覚え、一人で歩き回るようにもなり、日ごとに目に見えて成長しているのがわかるだけに、本当に父親だと認識しているのか?と不安感を抱いていたから。
自ずと我が家へと向かう足取りも早くなる。けれども、なぜか我が家に近付くにつれ、寒気を感じずにはいられなくなり……。そのことが、何を暗示しているのかを知るまでには、それほどの時間は必要なかったのだが。

逸る気持ちと少しの不安を抑え、玄関のチャイムを鳴らす。

「はーい!」

いつもと変わらない蘭の声に、妙に安心したのも束の間、ドアを開けた先に広がるおかしな光景に目を見張り、思わず「はあ?」と間抜けな声を上げてしまった。

屈託の無い笑顔を浮かべて、「パパパパパ……」と言いながら(『ママ』とはちゃんと言えるのに、なぜか『パパ』と区切ることができないらしい)ヨチヨチ歩きで近付いてくるのはいいのだが、その襟足にはなぜか電話の親機と子機とを繋ぐような螺旋状の紐が付いていて、その紐の先は蘭の左手にしっかりと握られていた。

「あ、あのさ、蘭。何でコナンがこんな犬みたいな状態になってるわけ?」
「ああ、これね。おばさまがロスから買ってきて下さったのよ。これって、子供用のリードなんだって」
「ってことはもしかして、母さんは日本に帰ってきてるとか?」
「ええ。おじさまも一緒にね」
「はあ? だってあの2人、この間のコナンの誕生日にも帰って来てたはずだろ? 息子の俺の存在を無視するかのように、蘭のおじさんやおばさんと一緒になって、勝手にコナンをあちこちに連れ回しやがって。おかげで俺は、コナンの初めての誕生日だというのに、抱くことすら許されなかったんだぞ?」
「新一の気持ちもわかるけど、初孫なんだし、可愛くて仕方が無いんじゃないかな? あの日は、私もぐずった時くらいしかコナンに触れなかったし。それより、このリード気に入らない? コナンもすごく喜んでいるみたいだし、しばらくこのまま付けておこうかと思ってるんだけど、ダメ?」

いつの間にか、コナンは俺の足にピタッと張り付いて、すがるような視線を送っていて……
(何だよ、そのどこぞのCMに出てくる仔犬のような目は!)
ほんの一瞬だけど、本当にコナンがリードに繋がれた犬のように見えてしまった。

「家の中だけにしておけよ……」
俺には、これだけ言うのがやっとだった。

蘭からリードを受け取り、何となく目障りなコナンを抱き抱えてリビングに向かうと、まるでどこかのリゾートホテルでくつろいでいるかのような父さんと母さんの姿があった。

「あら、今日は珍しく早かったのね、新ちゃん?」
「まあな。で、つい2週間前にも来たはずなのに、お二人ともお揃いで今回は何しに来たわけ?」
「おや、言ってなかったかな? 明日、俺の大学時代の友人の結婚式があるからと。この歳でようやく初婚だと言うのだから、出席してやらないわけにもいかないだろ?」
「そんなこと、一言も聞いてないし。あとそれ、博士の前では言うなよ?」
「それもそうだな」
「でもさ、だったらこの間の帰国と一緒にした方が良かったんじゃねーの? 移動だけでも丸3日は使うようなもんだし」
「だってー、コナンちゃんの1歳の誕生日は1度しか無いんだし、だからといって2週間も日本にいたら、出版者の人たちがこの家まで押し寄せてくるかもしれないでしょ? だから仕方がなく、帰国を2回に分けたのよ」
「あ、そう…」

この二人の突然の帰国はいつものことだし(今回は俺が知らなかっただけで、予定されていたらしいけど)、それ自体はもう驚かないし諦めてはいるのだが、どうしてこうも、俺が蘭やコナンとゆっくりと過ごそうと思っている時に限って、邪魔をしてくれるものだか不思議でならなかった。

「でも、良かったわ。新ちゃんが帰ってきてくれて。これで、蘭ちゃんとゆっくりと買い物に行けるものね。コナンちゃんと離れ離れになるのは心苦しいけど、時間が掛かりそうだったし、連れ回すのは可哀想でしょ? だからといって、優作一人に預けるのも心配だったのよね」
「はい? 何で蘭も一緒なわけ?」
「明日着ていく服を持って来れなかったから、この先、蘭ちゃんも着られるようなものを選ぼうと思ってね。だって、コナンちゃんのお洋服やおもちゃで荷物が一杯になっちゃったから?」
「はあ? このリード以外にも、おかしなものをこの家に大量に持ち込んだって言うのか?」
「あら、失礼しちゃうわね。みんな機能的でデザインの優れたものだけを選んできたっていうのに! 新ちゃんも知っての通り、子供用品は日本よりアメリカの方が種類だって豊富なんだし。それに、このリードは、あなたが子供の時にも使っていた優れものよ」
「じょ、冗談だよな? 俺が昔こんなリードを付けられてたって話」
「だって、新ちゃんは物心が付いた頃から人一倍好奇心旺盛で、ちょっとでも目を離すとすぐにどこでも行っちゃうんですもの。ホント、このリードを見つけるまでは、お買い物の時とか大変だったんだから!」
「ってことは、まさかこの辺の町内会なんかも、犬の散歩みたい連れ回してたとか言わねーよな?」
「もちろん、連れて行ったわよ。町内会の人たちだってみんな新ちゃんのことを可愛いって絶賛してたのよ」
「あ、そう…」

俺の気持ちを知ってか知らずか、相変わらず俺の腕の中でコナンは屈託の無い笑顔を浮かべている。こともあろうに、俺が無意識のうちに手放したリードの端っこを手にし、上手い具合に俺のベルトに引っ掛けた位にして。

「やっぱり、何だかんだ言っても親子ね。新ちゃんもコナンちゃんくらいの時に、優作にリードをつけたのよ。きっと、側にいて欲しいのね」
「どうせ、それは俺がというよりは、母さんが俺にやらせていたことだろ? コイツの場合は、自分の考えてやってそうだけど」
「あら、そうだったかしら? さてと蘭ちゃん、コナンちゃんが新ちゃんを捕まえておいてくれるみたいだから、私たちも急いで買い物してきちゃいましょ?」
「あ、はい。そういうことだから、ゴメンね、新一。なるべく早く戻るようにするから、コナンのこと、よろしくお願いします。それと、新一の分のお昼ご飯は冷蔵庫に用意してあるから、それを食べてね」
「だから、蘭が謝ることじゃないってーの……」

結局、父さんと母さんがロスに戻ったのは月曜の朝で。
こうして、『家族3人でゆっくりと過ごしたい』という俺のささやかなな願いは叶うことなく、久々の休日を終えることとなった。

以前「フルハウス」を見ている時に、末娘のミシェルが作中のリード(正式名称を調べたんですけどわかりませんでした)を付けていて、その姿があまりにも可愛らしかったので、小説に出来ないかなと思って書いてみたんですが……、完全に失敗しました(苦笑)

ちなみに、留意が日記の中でいつも話題にしているのがこの作品です。
(ミシェルのリード姿を見ることが出来るのは、第22話の「D.J.のずる休み」)
光彦役の大谷育江さんもレギュラー出演されてますし、興味のある方は是非!

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