Lunch box

私の名前は鈴木園子、帝丹大学に通う1年生です。
そして、このお話の語り手です。
私が高校3年の時の、私の親友と彼女の彼氏の話を紹介したいと思います。
ちょっと変わった、けれど、とても2人らしいエピソードなのです。

それは、4月から5月にかけてのことでした。

私はその頃、親友の蘭のことで、とても気に掛かることがありました。それは、蘭と蘭の彼氏の新一君とのことです。私にはその頃の2人が、何だかすれ違い気味のように見えていたからです。

元々、2人とも忙しい身ではありました。蘭は空手の都大会で優勝するほどの選手でしたし、新一君も高校生ながら“日本警察の救世主”と言われるほどの有名な探偵だったのです。そんな2人だからこそ、せめて朝だけでもと、毎日一緒に登校するようにしていました。それは、蘭の部活の朝練がある時でも例外ではありませんでした。

けれども、その時期だけ2人は別々に登校していたのです。
一度だけ、蘭にその理由を聞いてみたことがあります。蘭の答えはこうでした。

「これからしばらく忙しくなるから、朝迎えに来なくていいと新一に言われたから」と。
「きっと、事件の捜査が忙しくなったんじゃないかな」とも。
更に、
「毎晩、メールや電話もしているし、学校にいる時はそれまでと何も変わりがないから、別に心配することでもないよ」と笑顔で言うのです。

私は、蘭が何度となく、朝早くや夕方に新一君の家に様子を見に行っていたことを知っていました。新一君はいつも不在だったようです。
この時の蘭の答えは、私には腑に落ちないものでした。しかし、後になって思えば、あの時、一番納得していなかったのは、他ならぬ蘭自身だったように思います。

世の中はゴールデンウィークで、日本中の至る所が行楽客で賑わっているというのに、私と蘭はこの間、毎日部活に参加していました。そのゴールデンウィークもそろそろ終わりという頃、2人とも部活がお昼で終わったので、一緒に下校した日のことです。

途中、書店に寄り道をしたのですが、そのお店を出たところで、思いがけない人たちと会いました。警視庁捜査一課の佐藤刑事と高木刑事です。
2年の時の私と蘭は、偶然、事件に巻き込まれることが何度かあり、そこで、捜査に当たっていた佐藤刑事や高木刑事たちと親しくなっていたのです。

佐藤刑事と高木刑事の2人も相思相愛の仲で、交際期間もそれなりに長いのですが、いつまでも初々しさを残していて、私はそんな2人をよくからかったりもしました。
けれど、その日に限っては、私には2人をからかう余裕などありませんでした。なぜなら、2人の口から意外な事実を聞かされたからです。2人の話によると、てっきり事件の捜査に掛かりっきりだと思っていた新一君が、警視庁には、週に1、2度しか顔を出していないと言うのです。

これには、私も蘭も驚きを隠せずにいました。
そんな私たちの様子に2人も何かを感じ取ったのでしょう。「もしかしたら、過去の迷宮入りになっている事件の捜査に当たっているのかもしれない」などと、いくつかの可能性を話してくれましたから。けれど、私はともかく、蘭の耳にはほとんど入っていなかったのではと思います。

2人と別れた後、私は蘭に掛ける言葉をなかなか見つけ出せずにいました。
もしかしたら、新一君が浮気? とも考えましたが、その考えはすぐに消えました。なぜなら、新一君の目には、蘭以外の女性の姿など入る余地がないことは、誰の目にも明らかなことでしたから。私が蘭や新一君と出会ったのは小学生になってからですが、その頃から、新一君には蘭しか見えていなかったように思います。

事件でなければ、浮気でもない。蘭との貴重な事件を削ってまで、新一君が何をしているのか、私にはさっぱりわからず、頭の中は混乱していたのです。

「新一は2年の時、普通の生活ができなかったから、もしかしたら、今になってその頃の分を取り返そうとしているのかもしれない……」

沈黙を破ったのは蘭の方でした。
私に気を使ってくれたのでしょう。笑顔を見せてくれましたから。けれど、無理をしていたのだと思います。私にはとても物寂しげに見えましたから。今でもその時の表情をはっきりと覚えています。

それから私たちはお互いに何かと忙しく、会うことが出来たのは連休が明けてからのことでした。

「おはよう、園子!」

蘭は普段と変わらない様子で、気になった私が「あの後、新一君には聞いてみたの?」と聞くと、蘭は笑顔で首を横に振るのです。平静を装う蘭に、私はそれ以上のことは聞けませんでした。

その後、他愛ないおしゃべりをしていた私たちの元に新一君が姿を現したのは、それから直ぐのことです。

「おはよう、新一!」
「ああ、おはよう……」
「相変わらず眠そうね?」
「まあな」

いつもの朝と変わらない光景がそこにはありました。

私たち3人の席はすぐ側にあります。
新一君がその言葉を口にしたのは、彼が席に着いてから間もなくのことです。

「なあ、蘭。今度の日曜の予定は?」
「午前中の部活だけかな」
「じゃあさ、昼過ぎにオメーん家に迎えに行くから、午後から空けておけよ!」
「うん……」

二人のやり取りに私は耳を疑いました。勝手な思い込みなのでしょうが、
“蘭に不安な思いをさせておいて、あんな一方的な言い方なんて、ちょっと調子が良過ぎるんじゃないの?”
私のこの時の正直な気持ちです。

おそらく、私は怪訝そうな顔をしていたのでしょう。
新一君に「俺の顔に何か付いているのか?」と聞かれた時には、私は慌てて首を横に振ることしか出来ませんでした。そんな私に向かって、蘭の口元が『ありがとう』と形作っていたことは、おそらく新一君の位置からは見えなかったことと思います。

その日の午後、体育の授業中、私は思い切って溜まっていた疑問を蘭にぶつけてみました。

「どうして、新一君に聞かないの? 蘭だって心配してるんでしょ? もしかしたら、前みたいに何か大きな事件に関わっているんじゃないかとか?」
「それはないと思う。だって、新一は約束してくれたから、もう二度と、私に辛い思いはさせないって。それに、私も約束したの、新一を信じるって。ねえ、園子。新一は別に嘘を付いている訳じゃないでしょ? それに、隠し事をしている訳でもないと思うの」
「だとしても……」
「もちろん、私だって気になってはいるよ。だから、思い切って今度の日曜日、新一に聞いてみるつもり。久しぶりに休みの日に誘ってくれた訳だし、この時なら教えてくれるような気がするから」
「そっか。蘭がそれでいいなら、私はこれ以上は何も言わないわね……」

蘭はいつだって明るくて、そして、心の優しい子です。彼女を知る人間なら誰もが認めることだと思います。けれど、その奥底に秘められた強さを、どれだけの人が知っているのでしょうか?
この時のことだってそうです。もし私が同じ立場だったら、疑問に思った時点で直ぐに問い質していたように思います。不安な日々を過ごすのは、誰だって嫌なものです。そんな不安を打ち破り、一途に新一君のことを信じ続けられるような蘭の強さを、私はいつだって羨ましく思っていました。

結局、その週も蘭と新一君は一緒に登校することはありませんでした。

翌週の月曜日、私は逸る思いを抑えられずに登校しました。
その前夜に送られてきた蘭からのメールのせいです。

“今日は完全に新一に一本取られたって感じ。詳しくは明日、学校で話すね”

私が教室に入った時には、既に蘭と新一君の姿はそこにありました。
クラスメートとの朝のやり取りもそこそこに、私は蘭の元へ駆け寄ったのです。

「で、何があったの、昨日?」
「それがね、昨日、部活が終わって急いで帰ったら、ポワロの前に珍しくシルバーのスポーツカーが停まってたの。私はてっきりポワロに来ているお客さんの車だと思ってたら、そのポワロから新一が出てきて『この車で、これからドライブに行くから』って言うんだから。私、最初ね、何を言われているのか、全然わかんなかったんだけど……」
「ちょ、ちょっと待ってよ、蘭。新一君って、いつの間に車の免許なんて取ってたの? って、まさか……」

蘭の話を要約するとこうです。
新一君がこの1ヶ月ほど忙しかったのは、自動車学校に通っていたからで、そのことを黙っていたのは、蘭を驚かせたかったからだとか。ちなみに、免許を取ったのは前日の土曜日だったそうです。

車については、新一君は最初、レンタカーを借りるつもりだったけど、ロスに住む新一君のお母さんが、日本に帰国する度に自分好みのレンタカーを借りるのが面倒なので、新一君がこの時期に免許を取ることを見越して、勝手に買って送り付けてきたものとのことです。この話を聞いて私は、さすがに元女優の考えることは違うなと思いました。

車以外にも蘭を驚かせる出来事が続いたようで、何と、あの新一君が、蘭のためにお弁当を作ってきてくれたというのです。毎日お弁当を作ってくれる蘭に対する新一君なりの、せめてものお礼の気持ちだったようですが。
この話には、私も思わず側にいた新一君の顔を覗き込んでしまいました。不恰好ながらも、一目で一生懸命に作ったとわかるお弁当に、蘭は嬉し涙が止まらなかったといいます。そんな蘭を見て、得意げな表情を新一君が見せたであろうことは、容易に想像できることです。

この朝の蘭の幸せそうな様子に、私はちょっとだけ複雑な思いでいました。
気が付けば、私だけが一人相撲をとっていたようです。

そろそろ私の話は終わりです。

大学生となった今、それぞれ学ぶものは違いますが、私たち3人の関係はあの時と同じように続いています。蘭と新一君は、あの後も何度となくドライブに出掛けています。日曜日の今日、先ほども蘭からメールがありました。“これから、2人で海を見に行く”と。さて、今日はどちらがお弁当を用意したのでしょう?

余談ですが、

私もそんな2人に影響されて、あの後、武者修行先のアメリカから一時帰国した真さんのために、お弁当を作って持っていったことがあります。それまでに、何度も試行錯誤を繰り返しながら練習を重ね、一生懸命、心を込めて作ったお弁当です。
その時のお弁当が功を奏したのかどうかはわかりませんが、私は来春、“ヒトヅマ”になる予定です。

メインの新蘭の話は5月なのですが、園子ちゃんが語ったのが大学1年の秋という設定なので、この時期のUPにしました。ただこの設定、有希子さんから一方的に送られてきた車のこの話をしておかないと、今後、車を使った話を書き辛かったので、無理に付けた後付設定なんですけどね。
ちなみに、この車が、「Wの喜劇」内で所有権移転される訳です。
作中、土曜日に免許を取ったことになってますが、これは、新一が学校を休めないことにしてあるので、無理矢理の設定です。普通は平日でないと取れないはずですから。

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