高校に入学してから始めての公式戦。
今までにも全国大会に出場したことはあったけど、中学までとはまるで違う会場の雰囲気に、完全に呑み込まれてしまう。それでも、どうにか決勝戦まで進むことはできた。けれど、決勝戦では圧倒的な実力差を見せ付けられ、初めての公式戦は準優勝に終わった ――――
大会終了後、結果報告に向かった学校での思わぬ歓迎振りには本当に驚いてしまった。何でも、帝丹高校の生徒が表彰台に上ったのは5年振りだったとか。
混乱する私を人だかりの中から救い出してくれたのは園子。
そして、朝からずっと続いていた緊張の糸をほぐしてくれたのも園子だった。
「準優勝おめでとう、蘭!」
「ありがとう、園子」
「今日の蘭はとびきりカッコ良かったわよ!」
「それって、褒めてくれてるのよね?」
「もちろん!」
自分のことのように喜んでくれる園子を見て、私はこの日初めてホッとすることができたように思えた。
園子と別れてから、何だか急に不安になってしまう。
(準優勝なんだし、よく頑張ったよね? みんなだって、あんなに喜んでくれたんだし)
(相手は、秋の大会で全国3位だった人なんだし、負けたって仕方が無いわよね?)
自問自答を繰り返すうちに、気が付けば、園子から聞いた新一のことが、頭から離れなくなっていた。
「そうそう、どうせ今も気になってしょうがないんでしょうから、教えておくわね。サッカー部も決勝進出が決まったそうよ。何でも、準々決勝ではハットトリック、準決勝でも1ゴール1アシストで、新一君が大活躍だったんですって! 地区大会だというのに、プロのスカウトもかなり来てたって話よ」
「そっか。それじゃあ、来週は決勝戦なんだ……」
「あら、随分とあっさりとした反応ね。まあいいわ。それはそうと、新一君もつい30分位前まではここに居たのよ。もうすぐ、蘭も戻ってくるだろうから、待ってれば?って言ったのに、アヤツ、さっさと帰っちゃうんだから。折角、蘭が準優勝したのに、もう!」
「仕方が無いよ、新一だって、疲れてるだろうし」
「そうは言っても、本当は蘭だって、新一君にお祝いしてもらいたかったんじゃないの?」
「べ、別に新一なんかにお祝いしてもらわなくたって……」
「おやおや、顔が赤くなってますけど? ホント、2人とも素直じゃないんだから! それにしても凄いわよね、あなたたち。2人共、容姿端麗にして文武両道。正に理想のカップルって感じ!」
「だーかーらー、もう……」
「ハイハイ。わかってますって!」
(ズルイよね、新一は・・・)
「よお、蘭。随分と遅かったじゃねえか? さては、学校でつかまってたとか?」
「あ、うん……。でも、どうして、新一がここに?」
「ちょっと蘭に付き合ってもらいたいところがあってさ!」
事務所へと続く階段に下で、新一は壁にもたれ掛るようにして立っていた。
私の帰りをずっと待っていたらしい。
「付き合うって、今から?」
「ああ。晩飯までには帰って来れるようにするから」
「仕方が無いわね。すぐに着替えてくるから、もうちょっと、待ってて?」
ある意味、今、一番、会いたくなかった人かもしれない。
新一には全てを見透かされそうな気がするから。
だけど、一番、会いたかった人かもしれない。
私の迷いを取り除いてくれるような気がするから。
大急ぎで着替えて、新一の元へと向かう。
私の結果を知っているはずなのに、新一はそのことには一言も触れようとしない。だから、私からも何も話さない。ただ、黙って新一の後を付いて行くだけ ――――
20分くらいは歩いたと思う。着いたのは、とある寂れた公園。そこは、子供の頃に何度か新一と訪れたことがあった場所。あの頃は、1時間くらいは歩かないと着かなかったし、もっともっと大きな公園だと思っていた。それだけ、月日が流れて、私たちも成長したってことなのよね。
「蘭、この公園のこと、覚えてるか?」
「うん。確か大きな梅の木があって、そうそうあの木。まだ春とは言えない風の冷たい頃に、見事な花を咲かせていて……」
公園の隅に一本だけある梅の木が、なぜか、強く印象に残っていた。
「でも、どうして、今頃になって急に?」
「マンションになるんだってさ、この公園。工事は明日からだとか。俺もついさっき聞いた話なんだけど……」
「それで、こうして… それじゃあ、あの梅の木も?」
「さあな。あれだけの木だから、案外、移植されるかもしれないが……」
「そっか……」
その梅の木が急にいとおしくなり、歩み寄って幹にそっと触れてみた。何となく、生きている明かしを感じられるような気がして。
「相手は全国レベルだし、当然、試合慣れもしてる。今日が公式戦初戦の蘭が負けても仕方がないんじゃねえのか?」
いつの間にか、私の隣にきて、まるで独り言をつぶやくように新一が話すものだから、
「連戦連勝の新一に言われると、嫌味にも聞こえちゃうんだけど?」
何だか悔しくて、つい素直じゃない言い方をしてしまう ――――
「バーロ、俺だって勝ち続けてきた訳じゃねーよ。蘭だって覚えてるだろ? 去年の都大会の決勝戦を」
「あ!」
「その試合だけじゃない。俺がどんなに一人で気を吐いてはみても勝てなかったこともあったし、反対に、チーム状態がどんなに良くても、俺一人のミスで負けたこともあった。俺だってそれなりに悔しい思いはしてきてるさ……」
「ゴメン、そうだったわね……。ねえ、本当にこの大会を最後に、部活、辞めちゃうの? 誰よりもサッカーが好きなくせに」
「探偵との両立は出来そうにないからな」
「そっか……、相変わらず、部活の人には言ってないの?」
「ああ。蘭と監督以外には誰にも言ってない。3年生はこの大会で引退する。中にはこの大会が生涯で最後の試合になる人だっているかもしれない。それなのに、俺の個人的な理由でチームに変な影響を与えたくはないだろ? これでも、一応、チームの中心だからさ」
「それは、そうかもしれないけど……」
それ以上、私には何も言えなくなってしまった。
暫しの沈黙の後、急につむじ風が公園内を駆け抜ける。
私は思わず新一の背中に顔を寄せていた。
「あ、ゴメン、つい……」
「いいよ、別に……」
「ねえ、もうちょっとだけ、このままでいてもいい?」
「あ、ああ……」
背中越しに聞こえてくる新一の鼓動を聞いているだけで何だか安心して。
誰にも言ったことはないけど、子供の頃からずっと好きだったリズムだから ――――
「悔しいなら、素直に泣けばいいだろ?」
「え?」
「周りの人のことは関係ない。要は自分がどう思うかなんだからさ。確かに、最初から実力差はあったかもしれない。でも、そういうことじゃないんだろ? 蘭が思っていることは」
「うん……」
(そう。負けたことが悔しかった訳じゃない。最後まで、自分の実力を出せなかったことの方が悔しくて、だから、ずっとモヤモヤしていて……)
自分でも気が付かないうちに、涙が溢れ出し、しばらく止めることが出来なかった。
いつの間にか逞しくなった幼なじみの背中はいつまでも温かかくて……
「決勝戦、必ず応援に行くから、このまま勝ち逃げしちゃいなさいよ?
それと、今日はありがとう、新一。悔しいけど、嬉しかった……」
今も昔も私を癒し続けるリズムが、この時、少しだけ早くなったような気がした。
今回はあえて説明描写を少なくしてみましたがどうでしょう?
特に新一側の心理描写が無いので、わかりづらいかもしれませんね。