人の忠告は素直に聞くものである。
彼は17歳にして初めて己の浅はかさを後悔することとなった。
命の危険を感じるほどの殺気を浴びせられることによって――――

大和撫子にご注意を!

「ねえ、佐々木君。悪いことは言わないわ。みんなからも聞いているでしょけど、蘭だけは止めときなって。私、この学校の中では新一君の次に蘭との付き合いが長いし、あの二人のことは他の誰よりも知っているけど、絶対に無理だから。蘭と新一君の中に割って入るなんてことは、蘭とはお互いに親友と認め合ってる私でさえも無理なくらいなんだし!!」
「けどさ、みんな、口を揃えてそう言うけど、当の本人たちは認めていないんだろ? 付き合っているってことをさ。ただの幼なじみとかなんとか言っちゃってさ。だったら、俺にだってチャンスがあるんじゃねーの?」
「だーかーらー、それは、単に二人が照れてるだけなんだって! 何度言えばわかるのよ!!」
「わかんねーよ。それにさ、仮に蘭ちゃんがその、工藤だっけ? そいつと本当に付き合ってるんだったら、何でこんなに俺に親切にしてくれる訳? 普通さ、恋人がいるんだったら、他の男にはあんまり親切にしないもんじゃねーの?」
「それはその、蘭は何ていうのか……、無防備すぎるのよ、そういったことには、昔っから。ホント、少しは自覚すればいいのに……」
「で、話はそれだけ? とにかく、俺は身を引くつもりなんてないから」
「本当にどうなっても知らないわよ。ちゃんと、忠告したんだからね!」

ここは、帝丹高校の3年B組の教室。
この会話はゴールデンウィークも終わった5月中旬、月曜日の朝の、鈴木園子と佐々木達也とのやりとりだった。ちなみに、二人ともこのクラスの生徒である。

ことの始まりはこの日から1週間前まで遡る。
佐々木達也が帝丹高校に転校してきた日、そして、帝丹高校が誇る名探偵、工藤新一が休み始めた日でもあったその日のことだった。転校初日、佐々木はあろうことか、絶対に手を出してはいけない女子生徒に一目惚れをしてしまったのだ。そう、学校中が認めているカップル、工藤新一の彼女である毛利蘭に。

日本で普通に生活をしている人間であれば、工藤新一の名前を聞いたその時点で身を引くことだろう。抜群の推理力を持ち、高校生とは到底思えない威厳を持ち、日本警察の救世主と称されるその名前は、それだけで相手を威圧するのに十分なものなのだから。

だが、佐々木は不幸にも新一のことを知らずにいた。日本を離れてオーストラリアで生活すること10年余り。仕方がないと言えばそれまでのことなのだが、佐々木にとって、これ以上不幸なことはなかっただろう。

転校してきたその日から1週間、佐々木は熱烈に蘭にアタックし続けていた。その間、周りの人間は何度となく忠告をしてきたのだが、当の本人は聞く耳を全く持とうとはしない。ちなみに、もう一方の当事者である蘭はというと、そんな佐々木の想いなど一向に気付ないままで……

そのまま時は過ぎ、一週間ぶりに新一が登校するという、その日の朝、最後の説得役になったのが、蘭の親友の鈴木園子だった。ただ、この説得もまた無駄な努力に終わっていたのである。

そして、ついに運命の時が訪れることとなった。

1時間目の日本史の授業が10分ほど早く終わった。
教科担任が職員室に戻ったこともあり、教室内の至る所で生徒たちは雑談をしていた。隣り合わせに座る蘭と園子もまた同様に雑談をしていたのだが、その二人のもとに割り入った人物がいた。そう、佐々木である。園子のすぐ後ろの空いていた新一の席に、さも当然といったように座り、二人の会話に無理矢理、参加し始めたのである。

同じ頃、およそ10日振りに登校してきた新一は、校長室での報告を終え、3−Bの教室に向かっていた。その途中、教科担任とすれ違い、既に授業が終わっていること知った新一は、その足取りを速めていた。もちろん、それは蘭に早く会いたいという一心からだった。

「よお! 工藤。……お仕事は終わったのか?」
「ああ、まあな」

いつもと同じクラスメートとのやり取りはここまでだった。
教室内にたちまち冷たい空気が流れる。原因は、新一の目に思いもよらぬ光景が飛び込んできたためだった。その光景とは、蘭が自分の知らない男と楽しそうにしているというもので。

「新一、君?」
「おはよう、新一。1時間目、やっぱり間に合わなかったね」
「ああ。色々と説明を受けてから来たからな……」

見るからに不機嫌そうな新一の様子に、教室内は一気に緊張し始め、先ほどまでの騒然とした状態から静寂の世界へと変わっていった。

「Speak of the devil.
(噂をすれば何とやらだな)」
「……」
「あのね、新一。彼が、メールで紹介しておいた佐々木達也君よ」
「どうも。ところでさ、そこ、俺の席なんだけど」
「それは失礼しました。有名な探偵さん」

まさに一触即発といった様子だった。周りの人間はただ成り行きを見守るしか術がなかった。
ただ一人、ことの原因である蘭だけは、なぜ二人が険悪な状態になっているのかがわかっておらず、困惑の表情を見せていた。
ちょうどその時、静寂を打ち破るかのように、1時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

「ゴメン。私、ちょっと、次の大会のことで職員室に打ち合わせに行かなくちゃならないから」

そう言って、ことの原因である蘭は教室を出て行ってしまう。
シーンと静まり返る教室に、いつもより数オクターブ低い新一の声が響き渡った。

「なあ、園子。この1週間の経過を説明して欲しいんだけど?」
「え、あ、うん。あのね、私もみんなも何度も忠告したんだって」
周囲の生徒も一様にうんうんと頷いて見せる。

「蘭には新一君がいるからさ、絶対に無理だって言って。でも……」
「コイツは引かなかった訳だな?」
「うん」
「で、蘭の方は相変わらずってとこか?」
「うん……。蘭にも言ったのよ、誤解をするようなことしちゃダメって。けど、蘭ったら『何のこと?』なんて答えるし……。ホント、こればっかりは私も新一君に同情するわよ」
「そりゃ、どうも」

そんな新一と園子とのやり取りを聞いていた佐々木もまた、どんどん不機嫌になっていた。

「You aren‘t all he’s cracked up to be.
(評判になっているほどのものでないな)」
「Watch your tougue!
(言葉に気をつけろよ!)」

佐々木は無意識でそうつぶやいたのだが、間髪入れずに新一が英語で返してきたことに、驚きを隠せずにいた。

「そんなに驚くほどのことでもねーだろ? たかだか、英語で話すことなんてさ。それとも何か? 英語がオメーの切り札だったのか?」
「な、何なんだよ、お前は。有名な探偵らしいけどさ、蘭ちゃんとは単なる幼なじみなんだろ? だったら、関係ないじゃん!」
「単なる幼なじみでも、オメーがどう願ったってなれやしねーんだぜ?」
「What are you so hot under the collar about? Talk about being full of beans!
(何をそんなにかっかしてるんだ? バカバカしい話もいいところだよ)」
「Don‘t get carried away.
(調子に乗ってんじゃねーよ)」
「……」

緊迫した空気が流れる教室は完全に二人だけの世界になっていた。周りの人間はそんな二人の様子に固唾を飲むばかり。そんな3−Bの教室に、次の授業の教科担任がやってきた。彼はたまたまいつもとは違う授業にしようと思い、その準備のために早めにやってきたのだった。
その彼もまた、教室内の異様な光景に目を白黒させていた。

「あの……、先生、お願いですから、暫く、あの二人の様子を見守って欲しいんですが?」
「けど、鈴木。お前たちは受験生なんだぞ。授業をしない訳にはいかないだろ?」
「でも、先生。あれだけ冷静さを欠いた工藤新一を見ることなんて、そうは無いですよ。それに、英語の授業なら大丈夫ですから。だって、あの二人、さっきから英語で会話しているし。リスニングだと思えばいい訳でしょ?」
「モノは考えようだな」
「ええ、まあ」

ちなみに、当の二人は取巻きが更に増えていることなど気付かずにいる。

「I wasn‘t born yesterday! Bullshit!
(バカにすんな! めちゃくちゃ言いやがって!)」
「Look who‘s talking now!
(急に言うことが変わったな)」
「……」

「Tu n‘as pas le moral.
(さっきまでの勢いが無くなってきたようだな)」
「!?」
「フランス語だよ。あのさあ、オメー、ちょっと英語が話せるからって、いい気になってんじゃねーよ。第一、そんなんで蘭がなびくとでも思ってた訳?」
「ていうか、あんた、ただの幼なじみのくせに、さっきから何なんだよ。じゃあ、聞くけど、あんたにとって蘭ちゃんは一体何なのさ?」
「She is my all in all.
(かけがえのない存在だよ)」
「ふーん、だとしても俺にも権利はあるよな?」
「はっきりと言わねーとわかんねーみたいだな。
You stay away from my girl,or I‘ll beat your brains out!
(俺の女に手を出すな! どうなったって知らねーからな!)」

新一のこの一言から、教室内が俄かにざわめき始める。

(ねえねえ、今、工藤君、蘭のことを俺の女だって言ったよね?)
(うんうん。間違いなくそう言ったよ)
(それ、マジ?)
(そうですよね? 先生)
(ああ、確かに……)
(っていうことは、毛利と付き合ってることを工藤が認めたって言うことだよね?)
(そういうことだよね)

この期に及んでも、当事者である新一と佐々木は相変わらず周りの様子に気が付いていない。

「Suppose I don‘t? 
(もし、嫌だと言ったら?)」
「The solution is as clear as daylight.
(答えはわかりきってるさ)」
「…………、You talked me into it.
(――わかったよ。降参さ)」

ここで再びタイミングよくチャイムが鳴り、と同時に、もう一人の当事者が現れた。

「すいません、遅くなりました、って……、あれ? みんな、どうかしたの?」

『ウォー』

「え?」
「でかしたぞ、佐々木!」
「工藤に毛利、結婚式には俺たちもちゃんと呼んでくれよな?」
「な、何なの? 一体、どういうこと?」
「新一君が認めたのよ、みんなの前であんた達が付き合ってることを」
「ウソ?」
「だから、早く認めなさいって言ってたのに!」
「だって……」

ここにきて、新一はようやく自らの発言の重大さを思い知ることとなった。
新一は目の前にいる佐々木をどう制するかということしか考えていなかったから、周囲のことなど気にも留めていなかったのだ。その事実に気付き、新一は赤面せずにはいられなくなっていた。

「さーて、そろそろ本来の授業に戻っていいかな、工藤?」
「はい、さっさと始めて下さい」
「その前に、一つ。今は英語の時間だから、今の心境を工藤と佐々木、英語で言ってみろ! じゃあ、まず工藤から」
「Not at all.
(どうってことはないですよ)」
「そうは見えないけどな。まあ、いい。じゃあ、佐々木」
「Don‘t interfere with me.
(ボクにかまわないで下さい)」
「そりゃ、そうだな」

この一件から数ヵ月後。
佐々木はオーストラリアへと向かう飛行機の中にいた。フライト時間も半分が過ぎようとした頃、佐々木はふと隣に座る男が読んでいた新聞に目を奪われた。

〜 工藤新一、またまた電光石火の解決!! 〜

(何も日本を離れるっていうこの日まで新聞の一面を飾るかね、この男は!)

佐々木の脳裏にその男と最初に出会った日のことが思い出され、深い溜め息を落とした。同時に、自分と同じ年の人間が放つとは到底思えない、その威圧感を思い出し、その事件の犯人に、思わず同情したい気持ちになっていた。

(あの迫力なら、大抵の人間なら白状しちゃうよな。それにしても、もったいなかったなあ。あれだけのいい女、そうはいないのに……)

未練は当然のように残っていた。それ故に、その未練を断ち切るため、日本を発つことにしたのだった。

佐々木は気分転換をしようと、空港で買ったスポーツ雑誌をパラパラとめくり始めた。大リーグ特集と銘打ったその記事を、ただ漠然と目を通していく。だが、意図した通りにはいかなかった。
残り数ページとなったところで、佐々木はその身を硬直させることとなる。

〜空手都大会2連覇の超美人女子高生、帝丹高校3年 毛利蘭さん〜

「う、ウソだろ?  あんないい女が空手チャンプだなんて!」

佐々木はふと、子供の頃からよく聞かされていた父の言葉を思い出す。
『達也、日本の女性は“大和撫子”と言ってな。おしとやかな女性が多いんだ。お前も選ぶなら日本人にしておきなさい』

「親父、何がおしとやかだ、何が“大和撫子”だよ。“きれいなバラには棘がある”の間違いだろ?」
佐々木は再び大きなため息を落とした。

その後、佐々木が付き合った女性の中に、日本人はいなかったらしい……

転校生ネタは定番中の定番ですね。
高校時代を思い出して書いてみたんですが、いかんせん遥か昔のことなので……(苦笑)
ちなみに、文中の英語、仏語は相当いい加減なので、鵜呑みにしないで下さい。

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