予 言

穏やかな陽気が降り注ぐ土曜日の午後。
ここは最近、米花駅近くに出来たばかりのオープンカフェ。少し遅めの昼食を取るカップルが一組。

「どうかしたのか、蘭?」
「えっ?」
「今、何か面白くなさそーな顔したから」
「私、そんな顔したかな?」
「ああ、ほんの一瞬だけどな」
「そう。大した事じゃないんだけど……。ほら、向こうの交差点の所にチラシ配りの人がいるでしょ? 何か物凄く強引にチラシを押し付けてるみたいだったから、ちょっと嫌だなって思っただけなんだけどね。それにしても新一の観察眼って、ホント凄いよね。私、表情変えたつもりなかったんだけどな」
「まあ、鋭い観察眼は探偵の必須条件のようなものだからな。あと、オメーの場合は、俺にとっては特にわかりやすいっていうのもあるけど」
「そういえば、昔も同じような事があったわよね。あれは確か、小学校2年生の頃かな……」

帝丹小学校2年B組の教室。5〜6人の生徒が朝から何やら話し合っている模様。

「ねえねえ、聞いた? 守君、おじいさんの所に転校しちゃうんだって」
「あっ、その話ならボクも聞いたよ。何か、守君のお父さん達は守君を転校させるかどうか、物凄く迷っていたみたいなんだけど、誰かのお母さんに『守君をおじいさんの所に預けるそうですね。だったら守君のお別れ会を開いてあげなくちゃね』って言われたらしいんだ。何かその言葉がきっかけで転校が決まったみたいだよって、うちのお母さんが昨日言ってたんだ」
「へえー、そんなことで転校が決まっちゃたの?」
「そうらしんだ。でも、守君のお父さん達に言ったっていう人、誰のお母さんなのかな?」
「ホント、誰だろうね。でも、蘭ちゃんの所は関係ないよね?」
「えっ?」
「だって、蘭ちゃんの所はお母さん、居ないんだよね? だったら、やっぱり関係ないよ」

何となく話の輪の中に加わっていた蘭だったが、何気無く言ったクラスメートのそんな一言に、一瞬、顔を強ばらせていた。

(関係ないなんて……
確かに今はお母さんと別々に暮らしているけど……
何かちょっと嫌な言われ方だったような……)

「だったら、うちも関係ないな」
「えっ、何で? 新一君の所はお母さんいるでしょ?」
「だってうちの親、しょっちゅう2人で仕事だからとか言って、あちこち行ってるし。それに、守の話はここ何日かの事だろ? じゃあ、やっぱり関係ない。2人とも、一週間前からハワイに行ってるから」
「じゃあ、新一君って今、おうちに一人でいるの?」
「いや、うちの隣に住んでいる、父さんの友達の所で預かってもらってるんだ。それより、もうそろそろ先生が来る時間だろ? 蘭、席に戻るぞ」
「あ、うん」

その日、朝のホームルームで守の転校が発表された。
理由は守が喘息持ちだったため、空気の綺麗な守の祖父の所に預けた方が良いだろうと判断しての事だった。
ただ、守が今のクラスを大変気に入っていたため、守の両親は相当悩んだのだという。

その日の下校時。

「新一、今朝はありがとうね」
「何の事?」
「ほら、守君の転校の話をしていた時の……」
「ああ、その事」
「『蘭ちゃんの所は関係ないよね』って言われた時、何かちょっと嫌な感じがしたんだ。別に間違った事を言われた訳じゃないけど……。何か面白くないかもって。だから、新一が『うちも関係ない』って言ってくれた時、すごく安心したんだ」
「確かにあの時、蘭は嫌そーな顔してたもんな。まあ、大したこと言った訳じゃないし。第一、あれは本当の事だから。礼にはおよばねーよ」
「そっか。ねえ、新一。やっぱり新一は大きくなったら探偵になるの?」
「あったりめーだ。オレは何が何でもシャーロック・ホームズのような凄い探偵になるんだから!」
「クスっ」
「何でオメー、そこで笑うんだよ」
「あー、ゴメン。でもね、新一。新一なら本当に凄い探偵さんになれるかもね!」
「えっ? 何で?」
「いやー、何となくなんだけどね」
「何となくって、何だよ?」
「何となくは、何となくだってば」
「はあー?」

(だって、新一は私の事に気付いてくれたもんね。
それに助けてもくれたもん。きっとカッコイイ探偵さんになれるよ)

「まあ、オレは間違いなく名探偵になるって事だな」
「ハイハイ」

「あの時はね、ホントに嬉しかったんだよ、私。新一は私の事をわかってくれたんだって」
「そっか。そういえばそんな事があったよな」
「何か、あの時私が言った通りになったよね。今じゃすっかり名探偵だもんね、新一は」
「まあな」
「あれって、一種の予言なのかな? だったら予言的中だね、私」
「予言ねえ」
「あの時は、ホントありがとうね」
「どういたしまして。それより、そろそろこの店出ねーとヤバイんじゃねーのか? 映画に間に合わなくなるぞ」
「ホントだ。急いで行かなくちゃね」

(バーロ。礼を言わなきゃなんねーのはこっちの方だ。
その予言とやらが、俺にとってどんだけ自信になったと思うんだよ)

このお話、実は留意の実体験を基に書いたお話だったりします。
後半部分のようなことはありませんでしたが。

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