(どうにかこのブロックのマス目は埋めることが出来たけど……)
座席に着くなり、さっき空港で買ったばかりの推理小説を読み始めたのは新一。
少しは旅の思い出とか、話せると思っていたのに……
でも、仕方がないのよね。
毎日忙しく過ごしている貴方には、こういう時くらいしかゆっくりと読書をすることもできないもの。
フライト時間は2時間弱。
手持ち無沙汰から私は、目の前にあった機内誌をパラパラとめくってみた。
全て英語で書かれた文章は、さすがに読む気にはなれない。ハリウッドスターとか有名ブランドの広告とか、ただ写真を眺めるだけ。
最後から数ページのところで見つけたのはクイズのページ。これなら良い時間潰しになるわねと、ペンを手に解き始めたのは、その中の数独。これが思っていた以上に難しくて、私はすっかりお手上げ状態になっていた。
(これから先、どうやって説いていけば良いのよ?)
「ハァー…」
溜め息の主は隣りに座る新一。
いつの間にか小説を読むのを止めて、私が悪戦苦闘する様子を眺めていたらしい。
意地悪な人よね。
「オメーさあ、ちゃんと問題のルールを読んだのか?」
「ううん……、サンプルだけ、見たのは」
「だろうな。まずはルールを読んでみろよ」
(全てお見通しってわけね)
英語でわずか3行で書かれていたルールには、タテ・ヨコ・小ブロックにそれぞれ1から9までの数字を1つずつ入れると書かれていた。
私が埋めたマス目はというと、タテ列で同じ数字が書かれていたところがあった。
「俺に言われるまで小ブロック単位でしか見ていなかったんだろ?」
「うん……」
「あのさ、数独っていうのは、タテ列とヨコ列、太線の中のタテ・ヨコ3列、それと、小ブロックとタテ・ヨコ列の関係から当てはまる数字を推理するんだよ。この問題の場合だとなあ……」
(これも、あなたの大好きな“推理”なのね?)
新一は決して答えを教えてくれない。
けれども、数独初心者の私にでも答えを導き出せるように、わかり易く丁寧に説明してくれる。
新一の言われた通りに解いていくとこれが案外と簡単なもので、さっきまであんなに頭を悩ませていたのがまるで嘘のように、次々とマス目は埋まっていく。
それでも新一は未だ不安のようで、結局、私がマス目を全部埋めるまで見続けていた。
「OK! これで正解!」
新一にたくさんヒントはもらったけれど、どうにか自力で解けたようね。
いつだってそう。
クイズとかは新一の方が得意だから、決まって私が手伝ってもらうことになるのよね。
ずっと数独とにらめっこをしていたから、少し目が疲れたみたい。
そんな目を休めるために、窓の外の景色を眺めてみた。
ちょうど日没の時間のようで、雲海にみるみるうちに沈んでいく太陽。
地上と違って何も障害物のない空は次第に鮮やかな茜色に染まっていく。
その中に浮かぶのは、すれ違う飛行機の姿。
もの凄い速さで飛んでいるはずなのに、それに、この飛行機とも相当離れているはずなのに、航空会社のロゴがはっきりと見えるのだから不思議ね。
その飛行機が視界から消える頃、太陽もその姿を消していることに気付く。
とびっきり素敵なプレゼントを残して。
空と雲と境界線に現れたのは7色の光の帯。
そう、まるで虹のような。
徐々に暗闇に支配され、太陽からのプレゼントもその姿を消してゆく。
そんな光景に私はずっと魅入られてしまっていた。
我に返ったのは、それから間もなくのこと。
私が振り返るのと同時に新一に顔を逸らされてしまう。
表情までは見えないけれど、耳朶まで真っ赤になっている新一。
どうしてなの?
私はいつもと変わらない、貴方の視線を感じたから振り返っただけよ?
そう、太陽にも負けないくらいの温かくって優しい視線だったから。