雲 際  - Side Shinichi -

(ったく……、どうしてそうなるんだよ?)

新進気鋭の作家だか何だか知らないが、空港で買った推理小説は俺を満足させるには程遠い。
犯人の目星が付いたこともあり、全体の4分の1を過ぎたところで読むのを止めていた。
捜査以外での移動時間は、寝るか推理小説を読むかのどちらかしかない俺に、蘭はいつだって文句一つ言わない。けれど、時々見せる寂しげな表情を見過ごしているわけではない。
案外、今日買った小説がつまらなかったのは、俺への忠告だったのかもしれない。

ふと様子が気になって蘭の方を見ると、俺にとっては意外な光景がそこにはあった。
蘭が機内誌の数独に夢中になっている。
手詰まりなのか、ペンが一向に動こうとしない。
そっとマス目を確認すると、確かにこれでは答えられるはずもない。

「ハァー…」
(完全に間違ってるよ……。しゃーねえなー)

「オメーさあ、ちゃんと問題のルールを読んだのか?」
「ううん……、サンプルだけ、見たのは」
「だろうな。まずはルールを読んでみろよ」

不意にかけられた声に目をまん丸にする蘭。
その表情があまりにも可愛らしくって、一瞬、数独なんてどうでもよくなってしまう。
けれど、たかがパズルとは言え、中途半端なままにしておくのは、何だか気分が悪い。
それは、蘭だって同じはず。

「俺に言われるまで、小ブロック単位でしか見ていなかったんだろ?」
「うん……」
「あのさ、数独っていうのは、タテ列とヨコ列、太線の中のタテ・ヨコ3列、それと、小ブロックとタテ・ヨコ列の関係から当てはまる数字を推理するんだよ。この問題の場合だとなあ……」

すぐに答えを教えることは簡単だ。
けれど、それじゃあせっかく興味を持った数独もつまらないものになってしまうから。
それに蘭は、ちょっとしたヒントを与えれば、すぐに理解して自力で解いてしまう。
昔っから勉強なんかもそうだった。

もう少し悩んでくれればと思ったことは数知れず。
だって、少しは顔を寄せ合っていられる時間が増えるだろ?
俺の彼女となった今は、さすがにそんな風には思わないけど。
きっかけなんて必要なくなったから。

相変わらず飲み込みが早い。
最初のいくつかのヒントだけで、あっという間にマス目を全部を埋めていた。
少し照れくさそうに、けれど、ちょっと誇らしげに答え合わせを求めるその表情がまた可愛い。

「OK! これで正解!」

どうにか平静を装って答える。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、ホッとした表情を見せたかと思うと、蘭は窓の外へと視線を向けていた。
ずっと紙面と見続けていたのだから、目もかなり疲れていたのだろう。
時刻は夕方。ちょうど、太陽が沈む頃。
徐々にオレンジ色に染まりゆく空を夢中になって見ている蘭。

間もなくして蘭の瞳がより輝きを増していた。
視線の先には、空と雲との境に出来た7色の光の帯。
蘭のことだ、きっと“虹を見ているみたい”とでも思っているのだろう。
さしずめBGMは『 Over the rainbow 』ってところかな?

不意を付かれたのはそんな時。
蘭が突然、振り返ったのだ。
今、顔を合わせるわけにはいかない。
俺だって、自分がどれくらい赤面しているかってことはわかってるから。

俺の顔を紅潮させていた理由。
蘭は自覚していないだろう。
それは、他の誰にも気付かれたくないし、俺だけの秘密にしておきたいこと。
子どもの頃から変わらないし、きっと、この先だって。

蘭が何か綺麗なものに魅入られている時の表情は、その視線の先にあるものよりもずっと綺麗だから。

相当に無理をしていますねえ、この文体は。
そのせいか、二人とも人格がおかしくなってます。特に新一が……(汗)
首を洗って出直してきます。

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