白鳥が訪れた日

記録:平成15年11月13日
掲載:平成16年 1月 9日
 主婦@東京 花井有美子 
 
 2003年、秋。取材と環境教育を通じて2年前に知った「冬水田んぼ」を、自分でもやってみたいという想いが募ってきました。夫に「ねえねえ、うちも田んぼをやりたいと思わない?」と話すうち、家族でやってみようかということになりました。ひと家族が食べるだ
けの広さの田んぼを借りて、そこで環境学習や「田んぼの生きもの調査」をしてみたい、というのが、私たちの希望です。
水路の泥上げ作業、地味な
作業も笑顔でこなす。

 10月中旬。高奥さんと相談の結果、菅原さんにお願いすることにしました。くりこま高原駅前のエポカで菅原さんと会い、いささか緊張ぎみに、意を決して、話を切り出しました。実は、頼むときには、かなり勇気が要りました。私たちのような、農業を全く知らない、
宮城から遠く離れて東京で暮らす家族が、「田んぼを貸してください」なんて、「冗談じゃない」といわれそうで。
 でも、菅原さんは、この無茶な頼みを、快く、引き受けてくださいました。その後の相談の結果、米作りの作業を菅原さんにお願いし、私たちは年に数回、田んぼの作業に来て、田んぼの生きもの調査の環境学習をして、秋にできる米を家族で購入することになりました。
 菅原さんから「自由に楽しく。ただ、初めには水をかけに来てください」といわれるままに、夫と3歳の娘と一緒に、菅原さんの田んぼを訪れたのは、11月13日。爽やかな晩秋の朝でした。高奥さんと、東北環境情報ネットワークの枝松芳枝さんも、わざわざ来てくださり、皆で一緒に水かけ祭りをしたのでした。
 
水路から田んぼへの弁を開放する瞬間
田んぼに水を入れるときの楽しさは格別です。田んぼへ続く水路の泥をスコップで上げ、最後に田んぼの栓を開けると、稲蕪が残る田んぼを水がゆるゆると潤していきます。水の入れ始めには、稲藁が浮かないように、ヒタヒタぐらいまでしか入れてはいけないそうです。タプタプに入れると、浮いた藁が風に流されて端に溜ってしまい、そこだけ肥料過多になるのだそうです。ヒタヒタにしておけば、そのうち藁が水を吸って、沈んでいきます。そうなれば、後は水を高くして、田んぼの生きものとイトミミズたちが藁を分解し、ひと冬かけてトロトロの層を作っていきます。
この日、楽しい作業の後、クンペルで昼食を食べてから戻ってきてみると、もう田んぼに5羽のハクチョウが来ていました。2羽の親鳥と3羽の幼鳥からなる家族。私たちが水を入れた田んぼを空から見つけて、来てくれたようです。
 「ねえー、ハクチョウがきているよー」と夫に言いながら、畦道を走っているとき、上空から「コホー、コホー」というハクチョウの声が聞こえてきました。別の群れがやって来たのです。その群れも、5羽の家族です。私たちのほうへ、どんどん近づいてきたと思うと、さっき水を入れたばかりの田んぼへと舞い降りていきました。私たちが田んぼに水を入れたら、目の前でハクチョウがやって来たのです。これは嬉しい驚きでした。田んぼに来るハクチョウをこの日初めて見た夫は、とても喜んでいました。
着地態勢に入る白鳥
(クリックすると動画が開きます)

 田んぼの中で、空を飛ぶハクチョウたちの鳴き交わす声をきいていると、群れがどちらからやって来てどこへ飛び去ろうとしているのか、はっきりと分かります。3Dの立体音声のようです。また、鳴き声の大きさに比べ、羽音がまったく聞こえないのが神秘的です。

 冬の水が田んぼに生きものを湧かせ、たくさんのいのちが相互に作用し、自然のリズムを生み出す。生きものたちが耕すいのちの田んぼ。秋、人は米に恵まれ、いのちをつなぐ。ハクチョウやガンは北極圏から日本の田んぼへやって来て、いのちをつなぐ。私にとって、冬水田んぼのイメージは、子が生まれ育つゆるゆるとした感覚とも重なる、とても豊かなものです。

 

[HOME]
 

[目次] [戻る] [次へ]