雪どけ直後の田んぼを見てまわる

記録:平成17年3月13日
掲載:平成17年3月17日

「ふゆ・みず・たんぼ」に集まる人間 高奥

 栗原郡に転勤にしてから、二回目の冬が通りすぎようとしている。今年の冬は寒さが厳しく、積雪の量も多かった。三月になっても、雪が吹き付ける日は珍しくなく、例年に比べて春の訪れは遅いように感じられる。
 しかし、それでも昨日よりも今日、今日よりも明日、間違いなく路傍に居座る残雪は小さくなり、道を横切る風は柔らかになってきている。
 この季節ほど時の流れの確実さを感じさせる瞬間はない。再び新しい自然のサイクルが始まろうとしているのだろう。そう感慨に耽っていると、ある想いが頭の中でふくらんできた。「そうだ、この季節、田んぼにだって変化が起きているはずである。」そう思うといてもたっていられなくなった。早速パソコンをたちあげ、田んぼ仲間にメールを送信した。「田んぼの見まわりツアーを企画します。参加者は高奥まで。」。毎年恒例となっている「稲抜きツアー」2005年の開幕版である。

(志波姫町間海 菅原水田 8:00)
 3月13日、朝、菅原水田に田狂(たきち)達が集合した。(「田狂」とは田んぼばかり相手にし、家庭を顧みない方々に対する呼び名、新婚間もない遠藤先生の奥さんが命名した。個人的には敬称だと感じている。)迫町飯島の冬水田んぼ倶楽部
田んぼのゼロ戦、軽トラをバックに
記念写真
の方々、遠藤先生と遠藤先生の教え子で宮城県農業実践大学校に入学した木村さん、それに菅原さんと私、そして私たちのHPを見て賛同いただいた古川市の佐々木さんファミリーである。
 当日は晴れ、しかし気温は低く、田んぼには氷が張っている。その氷を叩き割り、田んぼの土を素手で掬い取った。昨年の土と同様の感触が肌に伝わってくる。間違いなくトロトロ層である。「トロトロ層と
    調査当日、田面の状況
はイトミミズが作りあげた微細で滑らかな土」そう表現するのはたやすいが、その性状、その肌触りを言葉で伝えるのは難しい。写真で見ても、トロトロ層がどういった状態の土か、なかなか判別がつかないだろう。ゆえに実際に土に触ってみなければ、どういった土がトロトロ層であるのか、その判断がつきにくい。やはり土を知るためには自分自身の手で触ってみるのが一番の勉強になる。


(築館町照越 白鳥水田 8:50)
 「苗半作」という言葉がある。これは稲作における苗づくりの重要性を表している。苗作りをうまくできれば、その年の稲作の半分は成功したも同様である。逆に苗作りを失敗すれば、田植え
左側が白鳥が集まった田んぼ、見事な
ほどに稲株が食い尽くされている。
後の田んぼでどんなに努力しても、その年の稲作はすでに半分くらい失敗している、という意味である。
 白鳥さんは苗作り名人である。温湯消毒さえ行わない種籾は、山の斜面から湧き出る清水で清浄され、早いうちから自然の気候にさらし、田んぼの土に慣らしながらの苗作りが行われる。
 今年も白鳥さんは冬期湛水を行っている。冬期湛水キャリア10年以上であり、私の知るところ、これ以上のキャリアで冬期湛水を継続している農家はない。しかも圧倒的にキャリアが長いのである。
 田んぼの土に手を入れてみるとトロトロ層が厚い。今年も素晴らしき白鳥稲作を見せていただけるであろう。

(迫町飯島伊豆沼三工区 冬水田んぼ倶楽部水田 9:30)
 長辺180m、伊豆沼の西岸に巨大な田んぼが出現する。冬期湛水水田を研究する「冬水田んぼ倶楽部」の佐々木寛さん、佐々木和彦さん、高橋吉郎さん、相澤重夫さんが営農する田んぼである。
 この水田は、3年前に基盤整備を終えた。聞くところによると
この田んぼには「ナマズのがっこう」
により魚道が設置されている。
、水田の下に軟岩の層が広がっており、ブルドーザーで岩を削りながら整備したとのことである。
 田んぼの表面を見ると、土の表面が赤くなっていた。「酸化層・・・」、酸化層とは湛水により土壌中の鉄分が還元して溶解し、それが田面に沈殿することで形成される。田んぼにイトミミズが多ければ、この酸化層は破壊されるが、イトミミズが少なけれ酸化層は保持されたままとなる。この層が出現すると土壌のリン酸分が田面水に湧出し難くなり、アオミドロやサヤミドロといった藻類が少なくなる。そして雑草が増えるのである。
 高橋さんに聞くと、12月末にコメヌカを施肥したとのことだから、それが土壌の還元化を促進し、さらに酸化
田んぼの表面が赤いのは、土壌の鉄分
が溶解し、表面に沈殿したため。
層の形成を促したのかもしれない。なにはともあれ、このまま酸化層が保持されるようであれば、今年は雑草対策に注意が必要であろう。
 昨年は半不耕起であったためか、ヒエの多かったこの水田であるが、今年はトロトロ層も発達してきたので、不耕起で田植えを行うとのことである。今年のヒエは減るのか、あるいは昨年と同様の結果になるのか?トロトロ層の抑草効果が試される年になる。

(迫町伊豆沼二工区 及川水田 10:00)
 冬水田んぼクラブの水田は伊豆沼の西岸に位置しているが、及川水田は、伊豆沼の西端に近い北岸に位置している。いずれも戦後に干拓して出現した水田で、「二工区」とか「三工区」というのは干拓事業の名残である。
 
遠藤先生が田んぼの土をフルイに取り
出し、イトミミズを佐々木チャイルド
に見せている
昨年、及川水田は、雑草に苦しんだ。三工区の水田地帯は全般的にヒエが多かったが、二工区はコナギが多い。田んぼの位置する水系毎に優先する雑草の種類も異なってくるのであろうか。
 土をすくってみると、トロトロ層が良く発達している。遠藤先生が、土をフルイですくってみると、イトミミズが多数確認された。この分だと、今年は昨年より雑草に苦しまないのではないか、そのように感じられる三月の及川水田である。

(迫町山ノ神 佐々木水田 10:15)
 冬水田んぼクラブ、佐々木和彦さんの田んぼである。三工区の田んぼとは丘陵を挟んで南側にある。
 耕畜連携という言葉がある。これは、いわゆる役所用語の一つだが、この言葉の意味するところは、厩肥などの畜産副産物を水田等の堆肥として有効に利用できる体制を確立し、ひいては
青い空に、緑の田んぼ
畜産副産物→飼料作物の栽培→畜産飼料→畜産副産物、といった循環型農業を推進していこうとの目的から生まれた言葉である。
 佐々木さんは牛を飼育しており、その副産物の処理に難儀している。副産物(厩肥)はそのままでは不熟であり、堆肥としては利用できない。そのためそれを冬期湛水水田で熟成させ、堆肥として活用しようとの発想に至った。早速、昨年には三工区の水田でそれを実践しており、まずまずの結果を得ることができた。そのため、今年度は山ノ神の田んぼでそれを実践することにした。厩肥を田んぼに投入したのは1月26日で、湛水を開始したのは2月7日であり、私たちが田んぼを訪れる1月半ほど前のことである。
 田んぼを訪れると田面水が緑色になっている。「ずいぶんアオミドロが繁殖しているな。」そう思ってよく見たら、アオミドロではなかった。水中に繊維はなく、メロンジュースのように透き通った緑の水が輝いている。
 「光合成細菌!?」たぶんそうであろう。しかし、私はこのような田んぼを見たことがなかったので、確信をもてなかった。
 たぶん、田んぼに散布した厩肥からリン酸分が溶けだし、それが光合成細菌を急激に増殖させたのではないかと思う。なんにしても非常
田んぼの水は青汁の様相を呈している
に珍しい現象である。しかもまだ気温の低いこの時期にである。
 田んぼに厩肥を散布し、冬期湛水で熟成させるのは非常に斬新な農法で、上記のような珍しい現象も生じさせている。この農法で注意すべきは過度に厩肥を散布すると、水田から硝酸態窒素が地下に浸透し、地下水を悪化させることである。耕畜連携はこれからの農業を考えるうえで避けて通れない課題となるから、冬期湛水耕畜連携稲作についても、水質等の変化をモニタリングしながら、どの程度の厩肥散布量が適切であるのか、検討していくことが大切であろう。

(河南町北村 遠藤水田 11:20)
 遠藤先生は平成15年の作付けから冬期湛水水田を開始した。平成15年は10aにも満たない小さな田んぼでのスタートであったが、平成16年には90aまで冬期湛水を拡大した。そして
遠藤水田の状況
直播き、ポット苗での作付けに挑戦している。
 直播きと冬期湛水は相性が悪い。なぜかと言えば、冬期湛水水田のトロトロ層が雑草の発芽を抑制するのと同様に、直播きの稲の発芽も抑制するのではと考えるからである。が、しかし、これは私が頭の中で考える理屈であって、実際はこの予想とはまた違う結果が得られるかもしれない。
 
昨年のツアーで撮影した、遠藤水田の
冬期湛水直播水田の状況である。
昨年の遠藤先生の直播き水田では、やはり発芽不良が生じた。しかし、それでも10aあたり4俵は収穫できた。これを少ないとみるか多いとみるかは判断の分かれるところであろう。
 本年、遠藤先生は、冬期代掻きによる冬期湛水水田も実践しており、冬期湛水水田を基本としながら様々な稲作に挑戦している。私のように頭だけで考えるのではなく、それを実践して検証することで、遠藤先生は遠藤稲作を着実に確立している。
 ここで、遠藤先生の奥さんも合流。河南町から大郷町に向かった。

(大郷町石原 高橋水田 13:30)
 高橋水田は、大郷町の山間部にあり、私にとって今回が初めて
里山における冬期湛水水田、
それが高橋水田の特徴である。
の訪問となる。もっとも高橋さんは昨年12月に菅原水田を訪れ、イトミミズ調査を手伝っていただいているので、お目にかかるのは初めてではない。私のイトミミズ調査に興味を持つとは、この方は「型」にはまらない農家だとの印象を強く受けた。
 高橋さんの冬期湛水水田は、平野部から山間部に入り込む谷地のような傾斜地にある。面積は90aであり、私が見た中では初めての中山間地における本格的冬期湛水水田である。
 昨年の12月、まとまった降雨があった日を見計らって、天水だけで冬期湛水を行った。また冬期湛水を行うと同時に冬期代掻きも実施している。
高橋水田の脇を流れる水路

 中山間地だから、周囲の自然環境も大変素晴らしい。水田と山の境界には水路があり、コンクリートで覆われていないその水路は、まさに「せせらぎ」といった風情をもたらしている。夏には蛍も多く見られるとのことだ。
 高橋さんの水田には既にアカガエルの卵塊が確認された。「アカガエル」、「ツバメ」、「渡り鳥」、この三つが冬期湛水水田の象徴的生き物である。冬に水を張る、たったそれだけのことだが、しかしかなりの確立で、こういった生き物達が田んぼを訪れるのである。高橋水田の近くには白鳥や雁のねぐらとなる河川や沼がないためか、あるいは地形上の理由からか、こういった渡鳥は飛来しなかったとのことだ。その代わりサギやセキレイが田んぼを訪問しているとのことである。
高橋水田には、既にアカガエルが産卵
している

 また高橋さんは、トマトのハウス栽培も営んでいる。冬期湛水は今年から始めたが、無農薬・無化学肥料は5年ほど継続しており、トマトについてもこだわりの農法を行っている。ハウスに案内され、そのトマトをいただいたが、「うめ〜、こんなに美味しいトマトを食べたの初めてだ。」これが私の感想であった。このトマトハウスで高橋さんはコナギの発芽試験も実施中である。

(色麻町下新町 浦山水田 14:50)
 今回のツアーの最後が、浦山水田となる。浦山水田一帯は、いまだ残雪が消えゆかず、どの田んぼも雪解け水
残雪の残る浦山水田
で冬期湛水状態となっている。そのため浦山さんの田んぼを見つけるのにちょっとだけ時間を要した。
 浦山さんの田んぼに足を踏み入れ手で土を救いってみると、まだ腐植が十分でないワラが多く見られた。この地域は積雪量も多く水田土壌における微生物の活動がそれほど活発でないため、ワラの腐植が進んでいないのかもしれない。

(色麻町下新町 ライスフィールド 15:00)
 今回のツアーの最後のプログラムとして、浦山さんが経営するレストラン「ライスフィールド」で意見交換会を行った。話は主としてカメムシ対策、
昨年の冬水田んぼ倶楽部施肥状況
施肥方法についてである。
 カメムシは斑点米の原因となるため、最近の稲作では最も嫌われる害虫である。そのためラジコンヘリで農薬がまかれたり、一斉防除を町の防災無線で呼びかけたりしているが、私たちは無農薬・無化学肥料の「ふゆ・みず・たんぼ(冬期湛水田)」に集まる人間達である。ゆえに農薬に頼らないカメムシ対策を考えねばならない。
 例えば昨年、築館町の白鳥さん、冬水田んぼクラブ、大郷町の高橋さんは数百倍に薄めた酢を田んぼに散布している。酢がカメムシ防除にどの程度効果があるか不明であるが、いろいろ試し、それにより一人々が自分なりの農法を模索していく、これが重要なのだと思う。
 
ライスフィールドにて
施肥方法つにいては、コメヌカ、クズダイズ、いずれが冬期湛水水田と相性が良いのか意見交換した。クズダイズは窒素が強いので抑草効果が大きい、その一方、コメヌカは米の食味に良い効果があるようで、それぞれに特徴がある。さらに言えば菅原さんや遠藤先生、浦山さんは肥料を使わない無肥料栽培を行っている。無肥料栽培の利点は田んぼの水を自然のままにできることであるが、農家にとって魅力的なのは、重い肥料を担ぎ、足場の悪い田んぼ歩き回らなくてすむことである。何より自分の体を大切にしなければ、持続可能で自然に優しい稲作はできないはずである。その思いが無肥料栽培に込められている。
 いずれにしても今回のツアーでは、単に「冬期湛水水田」あるいは「ふゆ・みず・たんぼ」といっても、実に様々な方法があることに気がつかされた。しかも、それを誰かに指導を求めるわけでもなく、それぞれが、それぞれのやり方で実践している。ゆえに自分達の意見を交換することができるし、より良い稲作の探求心につながっていくのであろう。
 実を言えば、私が栗原郡にいられるのも、あと一年だけになる。この二年間、春夏秋冬それぞれの田んぼの表情を見つめ続けてきた。そして田んぼの「稲」、「雑草」、「白鳥」を見つめながら「人間」というものを考え続けてきた。
 このHPの冒頭に私の思いを記しているが、これについてもそろそろ自分なりの結論が得られそうな気がしている。だけど、もう一年、田んぼを見つめ続けていこう。
   

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